鋼の板金術師 (望遠鏡修理物語)





私の持っている西村製15p反射経緯台は、今から十数年前に転倒事故を起こしました。

脚を三本まとめて簡単に移動出来るようにと、三脚の開き止めの三角板をはずして、ヒモを開き止めの代用にしていたのですが、これがあだとなりました。開き止めにはなっていても、三脚が内側に動くことには無防備だったのです。ある日、家族が三脚に足を引っかけ、脚が内側に動いて、真上に向けてあった望遠鏡は簡単に倒れてしまったのです。

どうもファインダーのあたりから床に倒れたようでした。ファインダー脚の取り付け部分の鏡筒が内側に曲がり、それに引っ張られて接眼部も内側に曲がってしまいました。




鏡筒は鉄板を丸めた物でしたので、自力で木槌で内側からたたいて、修復を試みました。しかし、鉄板は約1ミリほどと厚い上に、所詮は15pの筒です。筒の中で木槌が動く範囲はほんのわずかで力が伝わりません。とてもへこみをたたき出す事は出来ませんでした。以来十数年、その状態で接眼部が鏡筒(斜鏡)の中心に向かないまま、すなわち光軸が合わないままに使って来たわけです。

それでもそれなりに光軸合わせをすると、ディフラクションリングはちゃんと同心円になるので、とりあえず現状でも良いだろうと思っていたのですが、最近入手したレーザーコリメーターを使ってみてビックリ。主鏡ではね返ったレーザー光は斜鏡には当たらず、望遠鏡の先端から外に出ているという始末でした。おそらく、主鏡で集めた光の何割かは、接眼部に来ていないということになるのでしょう。







鏡筒のへこみを何と直せないかと、職場近くの望遠鏡ショップで聞いたら「ウチではできない」といわれました。車の修理のついでに「これも板金できないか」と聞いたら、「ウチではできません。」と断られました。

直すことはできないのか、と途方に暮れていましたが、ネットで、ある望遠鏡関連業者と提携して望遠鏡の筒を修復してくれる板金屋さんがあることを知りました。

電話してみると「直せますよ!」との返事。車で轢いてしまった小口径屈折でさえ、直したことがあるといいいます。しかも、ついでに塗装もやり直して、新品のようになるというではありませんか!「お願いします」と口元まで出かかったのですが、もしやと思ってお値段を聞いて愕然。この望遠鏡一式の購入額とあまり変わらないほどのお値段とのこと。とりわけ、私の持っているタイプは塗料の関係で再塗装が大変やりにくく、お高くなるとのことでした。

「板金だけできないか?」と聞くと、「ぜひ再塗装まで」と言われ、懐が寒い私は返事を保留してしまいました。

大枚をはたくべきか?現状のままで行くか?はたまた安くすませる修理方法は無いか?迷える日々が続きました。

今シーズンは冬用タイヤを新品に交換しなければなりませんでした。本来ならもう1シーズンは使えたはずなのに、運行前点検不十分で、空気圧のさがったまま長距離を走ってしまったために、交換しなくてはならなくなったのでした。「あ〜あ、この金があったら、望遠鏡が新品みたいに修復できたのにな・・・。」と嘆きたくなりましたが、なにせ雪道を毎日通勤するのですから命には代えられません。

その時、タイヤ屋さんに「鏡筒の板金はできないか?」と聞いたら「ウチでは車しか直せないが、板金屋さんならできるかもしれない。」とのことで、町の板金屋さん紹介してくれました。

訪ねてみると雨どいとか、住宅関連のものを扱っている個人の工場(こうば)で、住宅と作業場がくっついたお宅でした。

「朝のうちならいるから、現物を持ってきてみてくれ。できるかできないか、確認する。たたくことができれば直ると思う。」とのこと。希望が出てきました。

鏡筒からファインダー脚や接眼部を外して持って行きました。すると、筒先リングを外せば直せると言います。しかし、この筒先リング、かつて外そうとしたことがあったのですが、どうやっても鏡筒からは分離できなかった経験があるのです。リングと鏡筒を繋いでいるネジは外したのですが、リングはビクともしませんでした。よほどきつくはめ込まれているのか、あるいは塗料で鏡筒とくっついてしまっているのかもしれません。

「実は、昔外そうとしたんだけど外れなかったんです・・・。」ああ、ダメかと落胆していると、板金屋のおじさん、

「最近はこういう仕事はほとんどなくて・・・」

などと言いながらどんどん準備を進め、ついに作業を始めてしまいました。

まさか早速作業を始めるとは・・・。私は、「鏡筒を預けて、数日して作業完了の連絡をもらって、受け取りに行く」、とイメージしていたのでビックリです。第一、たった今、「外せ」と言ったリングを、外そうと試みてもいないではありませんか!

ともあれその板金作業とは、直径10センチくらいの長い鉄パイプを鏡筒の中に入れ、鏡筒の上から木づちでたたくというものです。木づちは変わった形をしていて、「槌」の部分がまな板を半分に切ったみたいな薄い四角形をしています。

工場の中に鉄板をたたく大きな音が
ガツン・ガツンと響きます。「うわ〜、助けてくれ!勘弁してくれ!望遠鏡が壊れれちゃうよ〜!」と叫びたくなるような荒々しさ。生きた心地もありませんでした。





しかし、さすがはプロ!たった数分で、へっこんだ部分が見事に元に戻ったではありませんか!

おお!これは、神の手だ!ゴッドハンドだ!
鋼の「板」金術師だ!

今まで自分は、筒の内側に木づちを入れて、中からたたき出すことしか思いつきませんでした。筒の中は狭すぎて、木つちが振るえず、修復は不可能だったのですが、なるほど、外からたたく方法があったんですね。

たたいただけなので、表面は多少ゴツゴツ・デコボコしています。もしこれを滑らかな表面にするなら、パテでデコボコを埋めて、紙やすりで形を調整して、色を塗らねばならないでしょうが、そこまでしなくても実用上は十分です。接眼部がまっすぐ筒の中心を向くようになったみたいでした。

鏡筒の筒先と後ろのリングを外せば、鉄管と鏡パイプの密着度が増して、もしかしたらもっとなめらかな仕上がりになったかもしれませんが、前述したようにおそらく外れなかったでしょうからこれは仕方ないことでしょう。

「やれ、うれしや!」と感謝してお値段を聞くと

「さて、どうしたもんかな?まあ、
千円ってとこかな。」

とのお返事。これにも感激。仕上がりの程度差はあるとはいえ、数万円の出費も考えていたものが激安で元の機能を取り戻せました。

鏡を取り付け、簡単な光軸調整をして、レーザーコリメーターを使ってみると、おお、なんと!レーザー光線は、どんぴしゃりの位置に返ってきたではありませんか!

以上、万が一の時、皆さんのご参考になればと思い、報告した次第です。

板金術師、偉大なり!














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