2009722 トカラ列島 宝島
     - 準備編 戦闘班 Part2-
 
 皆既日食撮影のための準備は急ピッチで進むが、いかんせん、時間不足は否めない。寝る時間はもちろん、
仕事の時間も惜しんで(?)の突貫工事である。
 撮影計画の立案・機材の準備・撮影訓練・運搬のための準備・・・・すべてが同時進行、すべてが自転車操業。
宝島に向けて荷物の発送は7月9日が締め切りとなる。タイムリミットは目前に迫っていた。
 
アポロ12号の悲劇
 
 人類を月に送るという快挙を成し遂げたアポロ計画の成功から2009年で40年が経つ。トカラ皆既日食は
その節目の、記念の年に起こることになる。まことにめでたいことである。
 
 さて、人類を初めて月面に送り込んだのはアポロ11号である。全世界が月からのテレビ中継に釘付けと
なったものであった。当時小学生だった私は、幸いにもこの日風邪をひいて学校を休み、家でゆっくりと
テレビを見ることができた。月面からの世界初のテレビ中継は白黒の映像であった。
 
 続くアポロ12号は、グレードを上げて、カラー中継であった。ところが、月面からのテレビ中継が始まって
間もなく、映像がとぎれてしまったのである。その後、映像は回復することはなく、音声だけの中継という、
大変物足りない結果になってしまった。このとき、アメリカ合衆国の威信をかけた国家的テレビ中継をフイに
してしまった犯人は太陽であったという。
 
 後になって聞いた話だが、この時テレビカメラが偶然にも太陽の方を向いてしまい、その結果、撮像管が
強烈な太陽の光や熱でやられて壊れてしまったと言うのである。
 
 その翌年、友人から、「カメラで太陽を写したら、フィルムがパリパリと音を立てて割れてしまった」という
話を聞かされた。(今にして思うと、ホントかなあ、とも思いますが・・・)
 
 これらの記憶は私の脳裏に焼き付いた。太陽を写したら、カメラがダメになる!
 
 高校のときお世話になった地学の先生は、うっかりフィルターやサングラスをかけていない天体望遠鏡で、
一瞬だが太陽を見てしまったことがあるという。「しまった!」とすぐに目を離したが、1週間ほど目が見え
なかったという話をして下さった。
 
 大学の天文学の授業で、太陽黒点を見せるお手伝いをしたときのこと。先生は最初に、鉛筆で黒く塗った
紙を、太陽が導入されている接眼レンズの前に置かれた。あっという間に紙が焦げて煙と驚きの声が上がる。
こうして先生は学生達に注意を喚起していらっしゃった。
 
 太陽の撮影は危険と隣り合わせなのである。
 
 そこで、レンズにフィルターをかけるわけだが、皆既の少し前にフィルターを外さないと、ダイヤモンド
リングを写すことができない。いったいいつフィルターをはずせば、カメラを壊さず、目も痛めずにダイヤ
モンドリングを写せるのであろうか?勝手が全くわからない。
 
 日食ガイドブックによれば、皆既前後1〜2分間くらいは太陽の光もかなり減じているのでフィルター類を
外しても大丈夫だと書いてある。「ホントに大丈夫か?」と不安だが、これを信じるしか他にデータはない。
とにかくアポロ12号の悲劇的な失敗だけは避けなければ、肝心の皆既中の写真が撮れなくなってしまうので
ある。
 
 
 後日談@:雨雲に阻まれ、皆既日食を見られなかった翌日、鹿児島に戻ってきた私は空を見上げてため息を
      ついた。空は青く晴れ上がり、昨日はついぞ見られなかった真夏の太陽がギラギラと空高く
      輝いている。思わずビデオカメラを取り出して、太陽を撮影した。悔しさもあって、延々と
      かなりの時間ビデオカメラで太陽を写した後で、アポロ12号の失敗を思い出して、「しまった!」
      と思った。だが、今日のビデオカメラは(といってももう10年以上前のビデオカメラだが)
      これしきのことでは全く異常を起こさなかった。40年前とはだいぶ状況は変わっているようで
      ある。ついでに申し添えると、ビデオカメラのモニター画面には、太陽の熱線は伝わらないので、
      ここは目で見ても大丈夫なようだ。とはいえ、くれぐれもご注意を!
 後日談A:トカラ皆既日食から1年が経った2010年7月22日、私は1年前の皆既日食の時間に合わせて
      5p屈折直焦点で太陽を撮影した。ささやかなリベンジのつもりであった。あちこちに散逸して
      いた機材を集め、主砲EM-200を組み直し、太陽を視野に導入した。これでよし、とモーター
      ドライブで追尾しつつ、直焦点にデジタル一眼を装着する。ピント合わせのためにファインダー
      をのぞこうとしてハッとした。ファインダーが異様に白く明るく輝いているのだ。そう、望遠鏡の
      筒先にフィルターをつけるのを忘れていたのである。危なく目をやられるところであった。しかし、
      この間かなりの長時間に渡って、デジタル一眼は望遠鏡の集めた太陽光をもろにファインダー内で
      受け止めていたことになるが、その後も異常なく動いている。目をやられなくて本当に良かった。
      皆さん、くれぐれもご注意を!
 
 
撮影計画表
 
 持ってゆく機材もおおむね固まり、それぞれ何を写すか、その役割もだいたいはイメージができてきた。
あとは、何時何分何秒に、どのカメラを、どういう露出で写すか、フィルター類の脱着をいつするか、という
タイムスケジュールを決めておかなければならない。カメラは全部で6台もある。きちんとスケジュールを
決めないと大混乱に陥ってしまう。
 
 
@ 5p屈折直焦点+EOS-kiss DX
  タイマーリモートコントローラーを使って30秒おきに自動撮影する。さらに、皆既とその前後は手動でも
  シャッターを切る。
 
A 300o+EOS-kiss DX
  @と全シャッター連動させる。絞りはF11に固定して、変更しない。
 
B Sonyビデオ
  ビデオは、テープの交換の際、カメラの下部を開ける機構になっている。そのためには雲台からカメラを
  外さなければならないことが分かった。第一接触から第四接触まで、全行程を写そうと思えば、途中でカメ
  ラを雲台から外してテープの交換をしなければならない。バッテリーの容量も勘案すると、どうもビデオで
  日食の全行程を最初から最後まで記録するのは、あまり得策ではなさそうだ。そこで今回は、テープを一本
  だけとし、皆既の前後60分を写すことにする。
 
C 35o+AE-1
  連続写真は、カメラを三脚に固定して、5分おきにシャッターを切る。皆既の真ん中の時間を基準にして
  シャッターを切る時間を決める。 
 
D G7
  G7で風景の撮影を行う。このカメラでの動画撮影は、カメラの性能として40分以上の連続撮影ができない。
  従って、皆既の真ん中の時間を基準に前後20分ずつ、カメラを三脚に固定して自分の方を向けておこう。
  他の時間は適宜、風景や人々の様子を写すことにする。
 
E 広角レンズ+F-1
  皆既中の星の写真、コロナを背景の記念写真、なども、いつ、どのタイミングで写すのか、決めておかない
  といけないだろう。長いとは言っても、たった5分55秒ほどしかない皆既時間だ。計画的に使わなければ、
  あっという間に終わってしまうだろう。
 
 
 これだけのカメラの数となると、スケジュールを一覧表にしておかないと、本番では訳が分からなくなって
しまうであろう。とりあえず、縦に時間を、横に各カメラの名前を書いて、次のような撮影計画表を作ってみる。
 
  5p & 300o   ビデオ AE-1連続写真   G7動画   F-1



















































 

10:51:00

 

ピント構図確認 
 



 

シャッター切る
シャッター1S
絞りF11へ
撮影続行


 



 
 51:30

 
フィルター外す

 
フィルター外す
露出オート
明るさ調整


 


 


 
 52:00
 
手動連写開始
 

 

 

 

 
  52:30
 
連写続行
 

 

 

 

 
  52:52   第2接触  
 53:00

 
連写続行

 
明るさチェック
必要に応じて調整


 


 
 記念写真

 
  53:30

 
ピント・構図確認5p 1/60 1/30
300o 1/125 1/60


 


 


 


 
  54:00
 
5p 15・8・4
300o 30 ・15・8

 

 

 

 
  54:30

 
5p 2・1・
300o 4 ・2
ピント・構図確認


 


 


 


 
  55:00
 
5p 2s・4s・
300o 1s ・2s

 

 

 

 
 55:55   食の中心
  55:30
 
5p 8s
300o 4s

 
フィルター外す
 

 

 
  56:00
 
5p 2s
300o 1s

 
シャッター切る
フィルターかける

 

 
  56:30
 
5p 1/2 1/8
300o 1/4 1/15

 

 

 

 
  57:00

 
5p 1/30 1/125
300o 1/60 1/250
ピント・構図確認


 


 


 


 
  57:30   明るさ確認調整     星空撮影
  58:00



 
シャッタースピード確認
 5p 1/125
300o 1/250 F11
手動連写開始




 




 




 




 
  58:30 ひたすら連写!        
  58:46    第3接触
  59:00 手動連写続行        
  59:30 手動連写続行        
11:00:00


 
フィルター装着


 
フィルター装着
明るさ調整

 
シャッター変更
   1/250 F11へ
フィルター装着を確認



 



 
  00:30
 

 

 
ピント位置確認
ズーム位置確認

 

 
  01:00 画質をLのみに切換   シャッター切る    
 
 
 
ベストポジション
 
 今まで、天体写真を撮るときは、震動を少しでも抑えるため二段伸縮式の三脚は短くして使ってきた。
そして自分は赤道儀の前にあぐらをかいてドカッと座り、望遠鏡やカメラを操作してきた。だが、天頂付近
の太陽を屈折の直焦点で写そうとすると、カメラの位置がとても低くなるのでファインダーをのぞき込むのが
本当に大変である。そのためやむなく三脚を伸ばして使うことにする。初めてのことである。
 
 三脚を伸ばして使うと、当然ながら望遠鏡の位置が高くなるので、あぐら座りの姿勢では赤道儀に同架した
カメラの操作がしにくくなる。椅子が必要である。運搬を考えて、軽いアウトドア用の折りたたみ椅子を物色
する。やはり値段の高い物が軽くて使い勝手も良さそうだが、少し重くても数百円で買える物もあって、これ
また魅力的である。最も小さい、折りたたみ式のやつを買ってみる。高級品とデザインがほとんど一緒で、少し
だけ重いが、二百数十円であった。家に持ち帰って、島へ送る荷物用のRVボックスに納めてみる。どうも、
これ以上大きい物ではかさばってしまって、宅急便で送るのに都合が悪そうである。
 
 この椅子に座って、望遠鏡を操作してみるが、おしりが地面につかない、と言う程度の小さい椅子で、座面も
小さいので結構キツイ姿勢になる。ほとんどしゃがんでいるのと変わらないくて、足腰に来る。
 
 「どうしたものだろう、大きいやつはこの箱に収まらないし・・・」と、この椅子を入れて送る予定のRV
ボックス に腰掛けて、目の前の望遠鏡をいじりながら考える。
 
 オレはRVボックスに座っている。目の前には望遠鏡。ちょうどいい高さに望遠鏡・・・。あれ、これで
いいではないか!このRVボックス は、高さも強度も、椅子に使うのにもってこいである。
 
 天頂付近で皆既を迎える太陽を眺めるには、寝そべってしまえば一番いいだろうが、それではフィルターを
外したり、その他いろいろな操作が効率よくできない。すぐに立てる姿勢でなければいけない。一方、体を
起こした状態だと、クビを上に向け続けなければならない。その姿勢は、長くは維持できない。このRV
ボックス は長方形なので、座っても後ろにかなりのスペースがある。体を後ろに傾けてこのスペースに
左手をついて支えれば、かなり楽な姿勢で天頂を見上げることができる。レリーズは、右手だけで操作
ができるから問題はない。
 イス探しに費やした時間と労力は無駄になったが、日食を見上げる姿勢のベストポジションが決まるとは、
思わぬ収穫であった。
 
     小型イスはシンドイ   RVボックスは、ちょうどいいイスになる

梅雨の晴れ間
 
 梅雨とは、雨の季節である。太陽と、コロナ代わりの満月を、なんとしても試験撮影をしたいと晴天を待つ
身には、梅雨とは雨の季節だと言うことが本当に実感できる。
 荷物を送り出さなければならない7月9日は着々と迫ってくる。その日を過ぎれば、ほとんどの機材は手元を
離れることになる。9日からは試し撮りはできないのだ。
 
 仕事に行く前、かろうじて雲の切れ間から太陽が顔をのぞかせる。あわてて主砲を庭に持ち出す。極軸合わせ
もへったくれもない。とにかく太陽を視野に捉え、カメラのファインダーをのぞくと雲が太陽の前をどんどんと
流れていく様が分かる。なかなかの迫力である。シャッター速度をかえて何枚か試験撮影できた。
  タカハシD=5pf=700mm(F:14) ND400フィルター×2枚 ISO=100 による試写 
     雲が前をよぎる              

     1/250    1/125    1/60      1/30     1/15       1/8 

 さてもう一度と、レリーズを構えると、もうパラパラと雨が落ちてくる。タオルでもかぶせて急場をしのぐか、
撤収すべきか、と、あたふたしていると、同じ職場に通う隣人に発見され、「何をしているんですか?」などと
聞かれてしまう。こういう怪しげな道楽は、できるだけ人に知られたくないもの。休みを取ればいずれバレるとは
分かっていても、まだ職場の人間には伏せておきたかったのだが、「ここだけの話ですよ」とトカラ行きを告白
せざるを得なくなる。
 
 試し撮りした写真を眺めてみるが、どれが適正露出なのか、よく分からない。日食のマニュアル本で適正と
される写真はかなり赤みを帯びている。感じとしてはアンダー気味に思えるのだが、これがいいのだろうか。
 カメラのディスプレイで見るか、パソコンのディスプレイで見るかによっても随分印象がちがう。今の太陽は
活動が極小期で黒点が全くないので、いっそう露出を決めにくくしている。 その上薄雲がかかったりしている
のも不安定要素だ。いや、日食当日だって、薄雲くらいはかかるかも知れない(薄雲くらいは!?)。標高の高い
このあたりと違って、宝島は湿度もグンと高く、透明度だって落ちるかも知れない、などと露出を決定できない
言い訳をする。先達の研究成果である万能露出「F11、1/250s ISO=100」を基準として、当日、部分食の段階で、
カメラのディスプレイを見て最適露出を決定することとする。これでは結局、成り行き任せということではないの
だろうか。

 
 ビデオは、フィルターをかけている間は、オート露出では全くダメだと言うことが分かった。オート撮影機能
は、太陽の輪郭すら分からないほど露出をオーバーにしてしまう。マニュアルに切り替えて、露出を控えめに
して、ディスプレイを見つつ適正露出を探るしかない。問題はダイヤモンドリングとコロナだが、これはもう
成り行きに任せるしかなさそうだ。日食の本には、オートでOKと書いてある。オートでダメなときは、マニュ
アルで調整しよう。なんと言っても、皆既の継続時間はタップ有るのだ。
 
 
 コロナを想定した月の撮影も難航している。主砲関係のデジタル一眼は皆既中に露出を何段階にも変えて撮影
するから、試験撮影は無しでもいい。問題はコロナをバックの記念写真である。これは一発で決めなければなら
ない。ポジフイルムで写す予定だが、試験撮影は、結果がすぐ分かるデジタルでいいだろう。デジタル一眼に
古い外付けのストロボを装着し、オート発光用に絞りを合わせ、あとはシャッタースピードを月が写るように
調整するのだ。しかし、コロナの明るさと同じくらいと言う満月の夜は、ツアーに申し込んでから皆既の日までに
2回しかないのである。当然のごとくその二日とも満月は見えなかった。とにかく、月が見えたら試験撮影決行
である。この際、背に腹は替えられない。
 
 あ〜あ、もっとしっかり、バイブル『1963721』読み込んでおけばよかった。
「夏の日食は、早く準備をしなければ、
梅雨で試験撮影ができないぞよ」と、
神のお告げが書いてあったのに。いや、これが我らのサークルのDNA
なのかも
しれません。
 
深夜のリハーサル
 
 6月の半ば、外は毎日梅雨空なので、もっぱら家の中で日食撮影のリハーサルを行う。帰宅後の、深夜から
早朝にかけてがリハーサルタイムだ。
 
 赤道儀は常時組み立てた状態で屋内に置かれ、5pの筒先は皆既の太陽の赤緯を想定して向けてある。すでに、
職場のデジタル一眼とビデオカメラは持ち出したまま、ほとんど私物と化して、赤道儀に搭載されている。
 


 
 撮影計画がきちんとできあがっていないうちは、リハーサルと言うよりは、日食の時に何を行うかという
イメージを膨らませる時間であったが、概ねスケジュールができあがったので、全てのカメラを設置して、
いよいよ時間の流れに沿ってのリハーサルを試みる。
 
 望遠鏡の前に置いたRVボックスにどっしりと腰を下ろし、リハーサル開始。
 
 まず初めは、撮影計画に沿って、時計はとりあえず気にしないで、一連の流れだけをシミュレーションしてみる。
だいたいイメージ通りにいけそうだ。
 
 次は、いよいよ時計を見ながら、実際の時間の流れにあわせてのリハーサルだ。
 
 皆既(第2接触)となるのは午前10時52分過ぎである。時計が52分を指すころを意識してリハーサルを
スタートする。1時間に一回ずつ、リハーサルのタイミングが来るわけだ。
 
 載物台に置いたデジタル表示の時計と、架台にひもでぶら下げた撮影計画表を見ながら、カメラを操作する。
赤道儀に同架されたカメラが3台、三脚に固定されたカメラが3台。
 
 第2接触の時間が迫ると4台のカメラのフィルター類を外す。それまでタイマーリモートコントローラーで
自動的に切っていたシャッターに、手動シャッターが加わる。連写。シャッタースピードの頻繁な変更。ビデオの
明るさ調整。5分ごとの連続写真は皆既の前・中・後の3回写す。コロナをバックの記念写真。星の写真。
第3接触が終わると、しばらくしてフィルターの再装着・・・。
 皆既のあいだに操作しなくてよいのは、三脚に固定され、風景動画を写すG-7だけである。
 
 宝島における皆既継続時間は5分50秒強。皆既食としてはけっこう長いはずのこの時間は、あっという間に
過ぎ去って、リハーサルを終えた私はヘトヘトになった。やることが多すぎるのだ。
しかし、どれも、あきらめたくはない撮影ばかりである。特訓して慣れるしかないが、もう、今夜はもう疲れ切って、
そんな元気は残っていない。工作や荷造りなど、他にもたくさんやるべき事もある。

 リハーサルは一晩に1回が限度だ。また、明日のココロだ・・・。
 
 翌日、再び完全装備のリハーサル。やっぱりヘトヘトにくたびれる。朦朧とした意識の中で、ふと気がついた。

自分は、計画表と時計のにらめっこばかりしていて、
空を見ていない!


紙と時計と機材しか見ていないのである。

肝心の皆既日食を眺める余裕がないのでは、何をしに、
はるばるトカラ列島まで行くのか分からないではないか!
 
 しかも本番では、撮影計画表を見るのは今よりずっと大変になるであろう。皆既中は手元を懐中電灯で照ら
さなければメモも取れないほど暗くなったと、バイブル「1963721」に書いてあったのを思い出す。
 
 コロナを見上げつつ、撮影を敢行するには、この複雑な撮影計画表を見ていてはだめである。完全に暗記して
おく必要がある。皆既日食で異様な興奮状態の真っ暗がりで、6分近くカメラを頻繁に操作、となると、年と共に
衰え著しい我が記憶力で、そんなことが可能なのだろうか?
 
 
我に余裕を与えたまえ
 
 少しでも皆既中の太陽を見る余裕を作るには、目で見る要素を少しでも減らさなければならない。
 
 機材は、操作するとき見ないわけにはいかない。
 
 撮影計画表は、暗記すれば見なくて済むが、そんなことが可能かどうか。(無理に決まってる!)
 
 ただ、時計は、今までの経験からして、見なくても済むかも知れない。
 
 そこでまず、時計を見る手間だけでも省いてみることにする。
 
 水星の日面通過を撮影したとき、家の固定電話の子機を庭に持ち出して、受話器を耳に当てなくても音声が
聞こえる「手ぶら機能」で時報を聞きながら撮影のタイミングを測ったことがあった。これなら時間も正確だし、
時計を見なくて済む。その分、皆既中の太陽を見る余裕ができるという物だ。ただ今回は、場所が場所である。
家の庭と違って、島では携帯で時報を聞くことになる。通話料がいくらかかるかと思うと恐ろしくて、この方法は
二の足を踏んでしまう。
 
 時間を音声で教えてくれる時計、というものがあった。ホームセンターに現物が展示されているが、どういう
スペックなのか、よく分からない。店員の目を気にしつつ、箱をそっと開けて、中にある説明書をこっそり眺め
る。すると、どうやらそれはスイッチに触れたときだけ時間をコールするという物だと分かってきた。電話の
時報のように常に時刻を言い続けるものではないらしい。まあ、たしかに、時計にそんな機能を求める人は
普通はいないだろう。これは候補から脱落。
 
 かつて、北海道知床で日食観測に成功した大先輩方は、JJYを聞きながらカレンダーのように綴ったメモ用紙
を一秒ごとにめくって、シャッターを切った時刻を正確に記録したという。しかし、音によるJJYの放送は今や
行われていない。電波時計用の電波に変わってしまったという。(もし、かつてのJJYの放送が今あったとして
も、それを使えるようになるためには相当慣れなければならなかっただろうけれど・・・)これも使えない。
 
 パソコンソフトに、第2接触、食の最大、第3接触などのタイミングを音声でカウントダウンしてくれるものがある
という。日食のガイドブックに付録で付いているデモ版にも、その機能があるかも知れない。これを使って
見るか?しかし、冷静に考えてみれば、第2接触なんて、目で見れば分かるのだ。パソコンにアナウンスして
もらうまでもないではないか。
 
 日食のガイドブックによれば、パソコンにプログラムを組んで、カメラのシャッターなど制御する人もいるという。
もし、これができれば、すべては自動運転で、人間は時々ピントを確認したり、ガイドのズレを修正して
やればいいことになる。素晴らしい方法ではあるが、残念ながら私にそんな才能があるはずもない。パソコンと
カメラをどう連動していいのか、それすら分からない。
 
 だいたいからして、あらかじめシャッタースピードを決めておいても、薄雲でも出て(!)シャッタースピー
ドを変えなければならなくなったらどうするのか。プログラムの修正は短時間ではできまい、こんな方法は現場
を知らない人間が考えた絵に描いた餅だ!と、あえてプログラムを組まない言い訳を考えつく。
 そもそも私のノートPCは結構かさばる上に、島では電源が確保できるか分からない。日食の途中でバッテリー
が切れたらすべてはパーだ。予算の都合上、今からモバイルの新規購入、と言うわけにもちろん行かない。
パソコン方式もあえなく挫折であった。
 
 ああ、JJYの放送があったらなあ・・・。ここは、金がかかっても携帯電話で時報を聞くしかないか。父から
借りるDOCOMOの携帯にはスピーカー機能はないから、イヤホンをつけて聞く方ようになるのだろうなあ・・・。
 
 ここで、少し閃いた。
 
 イヤホンで聴くなら、いっそ家の電話で時報を録音して
ヘッドホンステレオで聞いたらどうだろうか。

 これなら携帯電話の通話料がかから無くて済む。幸いICレコーダーがあるからこのマイクを使って録音すれば
よい。ICレコーダーならデジタル録音だから、カセットテープのような再生スピードのムラも無くて、正確に
時間を教えてくれるだろう。
 
 しかし残念、単身赴任の家には固定電話がないのだ。実家に帰ったとき録音するか。

しかし家族に見られたら恥ずかしいなあ・・・。

だいたい、家に帰るとあれこれ雑用ばかりあって、ジャマされずに録音できるかどうかも分からない。
 
 デジタル時計を自分で読み上げて、それを録音しようか・・・。ここまで考えて、ふと気がついた。時間だけ
じゃなくて、機材の操作指示も一緒に録音したら、時計も計画表も見ずに撮影作業を進められるではないか!
撮影計画を暗記する必要も無くなるし、これはまさに一石二鳥だ!

音声ガイド方式、画期的な思いつきだ!
 
 音声ガイドは、皆既前後の数十分間だけ作れば良いだろう。その他の時間は、計画表を見ながらでも十分に
余裕をもって作業が出来る。

 撮影計画書は、時間の流れに沿って全部書き直すことになる。いわば音声ガイドの台本である。書いたものを見るのと
耳で指示を聞くのとでは、だいぶ勝手が違うから、音声ガイドの台本は、かなり丁寧な表現にしないといけない。そうしないと
何をしていいのか分からなくなってしまうだろう。耳で聞いてよく分かるように、親切で丁寧な表現を心がけなければならない。
 
 相当な時間を要したが、時間の流れに沿っての音声ガイド用の台本がようやく書き上がった。手で書いていた
らイヤになってしまうほどの大分量であったが、ワープロソフトのコピー&ペースト機能のおかげでだいぶ助か
った。
 
効果甚大!
 
 単身赴任は侘びしいが、おかげでサイワイにも、深夜は誰もジャマする者がいない。心おきなく音声ガイドの録音が
できると言うものだ。
 
 目の前にはデジタル表示の電波時計。これで時間を見ながら、台本に沿って時間や動作の指示を読んでいくのである。
ICレコーダーの下には目覚まし時計。こいつの針がコチ、コチ、と秒を刻む音を入れることで、一秒ずつが分かるようにする。 
手元にはキッチンタイマー。30秒ごとにタイマーリモートコントローラーが自動シャッターを切るので、そのときうっかり
望遠鏡に触れて、振動を起こしたりしないように、このキッチンタイマーで5秒前から警告音を入れるのである。
目で台本とデジタル時計を見て、計画表を読みながらキッチンタイマーも鳴らす。操作はなかなか大変であるが、
ここは頑張るしかない。


           目覚まし時計の上に乗っているのがICレコーダー
 ICレコーダーのボタンを押して録音開始。なんだか深夜放送のDJになった気分である。誰も見ていないのに、
妙な緊張と気恥ずかしさが先走る。
 
 録音の冒頭部は連続して秒数を読み上げる。日食当日は現地で、これを聞きながら時計と音声をシンクロ
させるのである。これは意外にうまくいった。音声スタート時間にきちんと再生ボタンを押せば、ほとんど誤差
なくシンクロするし、スタート時にズレが生じても、早送りや一時停止を使ってシンクロが可能だ。誤差は1秒以内。
実際にはもっと高い精度になっているだろう。
 
 秒数を延々と読んでいるうちに、少しは緊張と気恥ずかしさも和らいでくる。
 
 そのまま、台本の朗読へ。録音は佳境に入って行く。
 
 機材・ピント・構図のチェック、フィルター脱着のタイミング、カメラの露出変更とシャッターを切るタイミ
ング、第2・第3接触までの時間、見るべきものの指示、などが書かれた台本を延々と読み上げる。
 
 秒単位の精度で時計とシンクロさせている以上、一部だけを後で録音し直して、つなぐわけにはいかない。
朗読やタイマー音に失敗があれば最初から全部やり直しの一発録音だ。気の抜けない作業が数十分に
わたって続く。

 最後に「以上で音声ガイドを終わります。第4接触の終わりまで頑張りましょう!」と自分に檄を飛ばす言葉が入って、
ようやく録音作業が終わった。
 
 録音された自分の声は、全く別人のようで気味が悪いが、この音声ガイドをイヤホンで聴きながら、リハーサルを
行ってみると
効果甚大!

 そばに誰かがいて、ああしろこうしろと懇切丁寧に教えてくれるようなもので、悠々と太陽を見上げながら作業を
進めることができそうだ。すくなくとも、時計と撮影計画表を必死で見なければならない状況からは完全に解放された。
 
 それでも、リハーサルをしてみるといろいろ修正を要する点があることに気がつく。たとえば10数秒の長時間露光の
時、シャッターが閉じる前に、もう同じカメラに次の指示が出てしまったりしている。これは実行不可能だ。机上で書いた
計画書の欠点と言えよう。
 
 台本をもう一度修正し、再度録音を行う。こうして音声ガイドシステムはまずまずのものになってきた。
 ただ、後述するように皆既中にコロナを背景の記念写真をどうするかという未決の問題も有るので、これを解決して
さらに台本を修正しての、再々録音が必要なのだが、もはや荷物を送り出す日が近づいていた。望遠鏡を送ってしまうと、
それ以上のリハーサルもできず、再々録音を行う気力もなくなり、完璧とは言えない物で日食当日を迎えることと
なってしまった。
 
 草木も眠る丑三つ時、人気のない古い家の中でオトコが一人、怪しげな事を
ブツブツ唱え、アラームをピピッと鳴らしている姿をもし誰かが見たとしたら、
背筋にゾ〜ッとするものが走ったにちがいない。
 
恥を忍んで、音声ガイドの音声ファイルです。どうしても聞きたい人だけダウンロードして聞いて下さい。
聞いた後は、証拠隠滅。ぜひとも廃棄処理して下さい。
 冒頭の時間合わせ   皆既-1  皆既-2  皆既-3  皆既-4  皆既-5   音声ガイド終了部分

 付記:デジタル録音というものは、どんな機械で再生しても、再生に要する時間はみな同じだろうと思って
    いた。しかし、録音した物を別のヘッドホンステレオで再生すると、微妙に再生速度が変わる事が
    分かった。別の機械で再生すると、時間が経てば経つほどにデジタル時計とずれて来るのである。
    機械の中の時計のスピードの問題なのであろうか?詳しいことは分からないが、再生時の時間の
    正確さを追求するためには、録音したその機械で再生する必要があるようだ。
    ちなみにかつて、SONYとSANYOのICレコーダーで同時に録音した音をパソコンに取り込んで合成
    しようとしたことがあった。パソコンの中で両者の音は、かなり再生速度に違いが出た。同じ音を
    同時に録音したにも関わらず、同じポイントから再生しても、片方が先に進んでしまってだんだんと
    音がずれ、シンクロできなかったという経験をしたことがあった。
 
 
記念写真の写し方
 
 ツアーの説明会で、ストロボ禁止令が出た。皆既中はストロボを光らせてはいけないのだという。
コロナを背景に記念写真を撮るためには、ストロボの発光が大前提だ。困ったことになった。
 コロナと写る記念写真は、トカラ日食が今世紀最長を誇る皆既時間だからこそできる芸当なのだ。皆既時間の
短い日食では、記念写真なんて撮っている暇もないだろう。
 かの、偉大なる天体写真家、藤井旭氏の皆既日食の本にだって、「ストロボを焚いて自分の姿を撮っておこう」
って書いてあるぞ!
 そうはいっても、ツアー主催者がいけないと言うことを、露骨にやるわけにも行かない。ここは思案の
しどころだ。
 皆既になって、真っ暗になった瞬間、多くの人がシャッターを切る。そのとき、きっと、発光禁止モードに
し忘れて、ストロボが光ってしまう人もたくさんいるに違いない。そのドサクサに、自分も記念写真を撮って
しまうのはどうだろうか?
 でも、もしストロボが光るのが自分だけだったら、大ヒンシュクだ。「スミマセン、うっかりストロボを切り忘れ
まして」なんて謝る足元に、でっかいストロボ付きのカメラがあったりしては、これは明らかな確信犯だ。
 
 やっぱりヤバイか?
 
 そもそも、皆既中にストロボを焚いてはいけない理由は何か?それは、他の人が目をくらませて、コロナなど
が見えにくくなることと、人の写真がダメにする可能性があることの、二つだろう。
 
 皆既に入ってすぐならば、みんなダイヤモンドリングを見ていた後だから、その明るさに瞳孔は収縮しきって
いるだろう。するとストロボによる目のくらみかたも少ないだろうから、記念写真を撮るなら、このタイミング
しかないことになる。ただ、第2接触前後は、本業の撮影が忙しくて、記念写真どころでは無い。最初に立てた
計画では、記念写真を写すのは、コロナなどの撮影が一段落する皆既半ばの予定なのである。
 
 もう一つのストロボ禁止の理由、人の写真をダメにしてしまうとなると、これは実害も大きい。自分だって
写真をダメにされたら怒るに違いない。バイブル『1963721』には、大きな凸レンズにアルミメッキをして、
全天カメラを作った話が載っている。いわば180°の魚眼レンズだ。これを使っているとき、近くでストロボを
焚かれたら、たまらなかっただろう。
 人に迷惑をかけないための方法は、人々から遠く離れることだが、観測場所を指定されているツアーでは、
離れた場所へ行くことは主催者に迷惑をかける行為だ。あちら立てればこちら立たず。
 
 ストロボの光が広がる範囲を狭くしてはどうだろうか。ストロボの位置を他の人のカメラより後方かつ下に
すれば、カメラの背後で光ることになるから、たとえ180°の魚眼レンズであっても直接レンズに光が入ること
はないのではないか?あるいは、ストロボの前に枠をつけて、光の広がる範囲を狭めるのもいいかもしれない。
 
しかし、やっぱりストロボを焚くのはまずいか・・・?心は激しく揺れ動く。
 
 ストロボがいけないと言うなら、懐中電灯はどうだろう。カメラに小型の懐中電灯を乗せて、試し撮りをして
みる。懐中電灯の光を顔に当てるため、まぶしいと感じる位置に立ちセルフタイマーで写す。できあがったのは
まさしく心霊写真であった。ストロボの光は一瞬だが、懐中電灯はスローシャッターが開いている間ずっと顔を
照らし続けるので、どうしても顔が動いてしまう上に、光にムラがあるのである。

  懐中電灯と自分の位置を決めるのにも時間がかかるし、セルフタイマーが落ちるのを待つにも十数秒かかる。
 いったいオレは何をしているのだ?皆既日食中の太陽に背を向けてこんな事をしていては、
時間の浪費だ!皆既が終わってしまうではないか!
 
 ストロボ禁止令と記念写真の折り合いをどうつけるか?強行突破か、撮影中止か。なにか工夫はあるのか、
それとも代用品を使うか・・・。この問題はとうとう宝島まで引きずっていくことになり、音声ガイドでも、
このカメラの露出に関する指示はあいまいなままとなっている。これが、写真の出来に悔いを残す一大要因と
なるのだが、それはまた後のお話になる。

      
懐中電灯はオソロシイ  疑似コロナをバックにストロボ使用  疑似ダイヤモンドリング
                              ストロボ日中シンクロ
 
決戦の日に向けて
 
 長々と、撮影準備とリハーサルについて語ってきた。自分の試行錯誤の跡を出来る限り再現しておきたかった
からである。
 
 短時間に起こる貴重な現象を撮影するには、リハーサルとテスト撮影は絶対に必要である。しかも、それは
初めて体験することなので、分からぬ事だらけだ。早くから計画的に準備を進めなくてはならない。とりわけ、
夏の天文現象は、梅雨に入る前に計画立案とリハーサルを終えておく必要がある。当然と言えば、あまりにも
当然のことではあるのだが、「見通しを持った計画立案」というものは私の最も苦手とする分野の一つであった。
 
 計画を進める中で、様々なアイディアが浮かんできた。わけても音声ガイドは良い思いつきではあったが、
裏を返せば、欲が深すぎた撮影計画がもたらした苦肉の策とも言えるであろう。
 
 トカラ皆既日食のすべてが終わった今、振り返ってみれば、我が戦闘班は、竹槍でB29と戦おうとしたよう
なものであった。圧倒的な大自然の力、全天を覆い尽くしてあまりある黒雲の前に、我らは戦わずして、いや、
戦えずして敗れ去ったのである。いくら計画を練り、何回リハーサルをやっても、所詮はちっぽけな人間の仕業、
と言うことであろうか・・・。
 
いや!2035年の本土皆既日食に、この経験は絶対に活きるはずだ!
その日まで、決戦準備の時間はたっぷり
あるぞ!
 
 
日蝕必撮!天佑、晴天ヲ確信シ、来タルベキ本土決戦ニ備ヘヨ。
皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ。各員イッソウ奮励努力セヨ!
 
なんてわめいても、どうせまた、ドロナワの付け焼き刃な計画になるのは目に見えているわなあ・・・。いや、そのときまで生きていられるかどうか、まずはそれが問題だ。


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