2009722 トカラ列島 宝島
- 準備編 技術班 Part2-
ダイヤモンドリングやコロナを撮影するためには、どのような露出が必要なのか。また、強力な太陽の光を減光するための
フィルターをどうやってカメラや望遠鏡に着脱するか。安全で快適に撮影を行うための工夫も大切だ。これらの問題を解決
しなくては、皆既日食の撮影はできないのである。
技術班による機材・テクニックの開発は、迫りくる時間との戦いでもあった。
ISO、感度100。シャッタースピード1/250。絞り11、フィルター無し。
ダイヤモンドリングやコロナを写すのに、どのくらいの露出をかければよいのだろうか?オートや露出計
任せでは、うまくいかないことはわかりきっている。そもそも、この場合の「適性露出」とは、何を言うのか?
あくまで見る者がきれいだと感じる露出であるから、個人差も大きいであろう。
ありがたいことに先達の経験値が、日食のガイドブックに出ていた。
第2接触直前と、第3接触直後のダイヤモンドリングは、ISO感度100、シャッタースピード1/250秒、
絞り11 フィルター無しで撮りまくれという。
ダイヤモンドリングは次第に明るさを変えていくので、何枚も撮るうちには必ず適正露出の一枚が転がり込む、
というのだ。
ウ〜ム、すばらしい!わずか数十秒間にどんどん明るさが変わっていく中、カメラの露出を調整することは至難
の業だ。しかしカメラをいじらず、設定を変えず、ひたすら写し続ければ、向こうから適性露出を提供してくれる
というのだ。これだ!この逆転の発想こそ、ダイヤモンドリング撮影の極意だ!
そして、いよいよ皆既になると、光球は完全に隠れ、コロナが姿を現す。このコロナも、なんと「ISO感度100、
シャッタースピード1/250秒、絞り11 フィルター無し」で写せるというのだ。
注:コロナは太陽近傍は明るく、太陽から離れるに従って淡くなり、最後は黄道光という、闇夜でもなかなか
見られないくらいの極めて淡い光になります。明るいコロナから淡いコロナまでを写すには、何段階にも
露出を変えなければなりません。ここに記した露出で写るコロナは、だいたい皆既日食時に目に見えてい
るコロナということになります。
しかも、である。ND-400フィルターを二枚かければ、この露出設定のままで輝く太陽の適正露出になるという
のだ。
ということは、皆既日食は、「ISO感度100、シャッタースピード1/250秒、絞り11 フィルター無し」で、第1
接触(日食のはじまり)から第4接触(日食の終わり)まですべて撮影できるということだ。(ただし、淡いコロナ
を写すための露出変更は除きます。)撮影者がやらなければならないのは、皆既が迫ってきたときフィルターを
はずし、皆既が終わったらまたフィルターをかける事だけだ。
露出設定を変更せずに部分日食〜ダイヤモンドリング〜コロナと、一連の撮影ができる。
撮影の手間が省けるだけでなく、ミスもぐっと少なくなる。何という万能な露出値であることか!
注: シャッタースピードや、絞り値を変更しても、同じ露出になるように組み合わせれば問題はない。
今回持って行く主砲5p屈折は焦点距離が700o、すなわち口径比(=絞り値)が14である。したが
って、この直焦点で撮影する場合は、シャッタースピードを少し遅めにしなければならない。ドンピ
シャというわけには行かないが、とりあえず1/125とすることにして、実際には、現地で写した写真
をモニターで見ながら調整・修正を行うことにした。銀塩にはできない、デジカメの威力である。
激戦!ND-400!
万能な露出値が「万能」であるためには、カメラ1台につき、ND-400フィルターが二枚ずつ(もしくは、同等の、
露出倍数16万倍ぐらいのフィルターが)必要である。私はND-400を一枚しか持っていないから、この際、もう
一枚購入しようと思う。値段もそんなに高い物ではなかったはずだ。東京へ行く用事があったので、大手カメラ店
へ出向いて捜すが、見つからない。こんな大きな店のくせに置いてないとは○○カメラも地に落ちたものだと、別
の大型カメラ店に行ってみるが、結果は同じである。
どうしたことだ、ND-400が市場から姿を消している。皆既日食でみんなが買い漁って品切れなのか?
いくら何でもそれはないだろう・・・と店員に聞いてみると、なんと少し前に製造中止になったのだという。
なんと言うことだ!望遠鏡も作っているくせに、ケ○コーさん、何考えてるんだ!皆既日食というビッグ
イベントを控えてND-400を売りまくる大チャンスではないか!信じられない!まったく、商売の基本も知らぬ
ア○な会社だ!
新宿・池袋界隈の大型カメラ店を何件も捜したが、ついにND-400は発見できなかった。
都会はダメでも、地元のカメラ屋なら、売れ残りがあるかも知れない。それに期待するが、あまりの田舎ゆえか、
比較的大きなチェーン店でも、もとからND-400など置いていないという。店員は、製造中止の情報も知らない
ようすで、「メーカーから直接取り寄せましょう」と言い、私の目の前でケ○コーに電話をかけ始めた。
電話の結果。「ND-400は製造中止だが、若干の在庫あり。サイズは55ミリのみ。」
やった!この際サイズなど、あれこれ言っている場合ではない。買い占めだ!その場で3枚、注文してもらう。
手持ちの1枚と合わせてND-400が4枚!これで、5センチ屈折と300ミリ望遠のフィルターがそろった!
と、思ったのだが・・・。
数日後、写真屋に行くと、フィルターは一枚しか送られて来なかったという。在庫が尽きたのか、それとも
在庫僅少につき大量発注はご遠慮下さい、だったのか?残念だが、仕方がない。
もう1台のカメラは、ND-400はあきらめて、アルミホイルみたいなシートになったソーラーフィルターを使うことにする。
もしかしたら、私が手にしたのがND-400最後の一枚だったのかもしれない。
さらば、ND-400よ。最後の一枚は、私が末永く愛用するよ!と、しばし、えもいわれぬ満悦感に浸る。
水星・金星の日面通過の頃から使っている、5センチ屈折用に自作したフィルターホルダーにこれを取り付ける。
今までは、ND-400+ND-8+ND-4、露出倍数1万2千倍という3枚フィルターを使ってきたが、ND-400二枚に
換装され、ゴースト発生の可能性も少なくなり、前記の万能露出値にも対応できるようになった。これで、主砲の
撮影準備は整ったわけだ。


大チャンスなのに、どう考えても商売が下手過ぎますよ!ケ○コーさん。この情報化の時代に・・・。
望遠鏡ショップでは、特別規格品として、700枚だけ、ケ○コーさんと共同開発したスペシャルバージョンの
ND-400を限定で用意しました、なんて案内が出ている。トカラ皆既日食ツアーのホームページでも、限定特別
バージョンのND-400が売られている。値段は、どちらも通常ND-400の数倍だ。コーティングが優れていると
いうのがうたい文句だったか?まあ、こうした業者がビッグイベントにつけ込んでふっかけるのは致し方ないこと、
自分はメーカーの最後の在庫を手に入れられたことだし・・・と思っていたのだが・・・。
皆既日食が終わると早速、ケ○コーさんから新型フィルターが発売された。その名もND-400-pro!
proという字がつくのはコーティングの優れたフィルターなのだという。
恐れ入りました、ケ○コーさん。ND-400製造中止は、古いバージョンの在庫一掃と、限定特別バージョンを
売るためだったのですね。限定特別バージョンのND-400はコーティングが優れているそうですから、
このたび新発売のND-400-proと同じ品だったのですね。もう、製品開発は終わっていたのに、一般に
流通させずに、望遠鏡ショップなどで、特別規格品と銘打って売っていたのですね。
前言は撤回します。
業界の皆さんは、商売が○手だ!くそぉぉぉぉ〜!
筒の話
がんばったが、ND-400は結局2枚しか用意できなかった。でも、いいさ、僕には、望遠鏡ショップで買って
きた、シート式のソーラーフィルターがあるのだ。これは、アルミホイルみたいな銀色をした
シートで、アルミホイルより柔らかい。おそらくはアルミの蒸着膜を、ビニールのような薄いシートでサンドして
あるのではないかと想像する。ハサミなどで自由な形に切って使うことができるので、ホルダーを自作すれば
どんなのサイズの口径にも使うことができるのだ。最悪、レンズや望遠鏡の筒先にかぶせて輪ゴムで止める
だけでも十分に実用に耐えるだろう。
タカハシが売り出した皆既日食用望遠鏡にも、筒先にこのフィルターがつけられるようになっている。ドイツ製
で、これぞ世界標準だ(!?)
A4サイズのと、1メートル四方位のサイズのがある。小さい方はそのままのサイズで袋に入って、大きい方は
細く巻いて棒状にして売っている。経済的理由および持ち帰りの際の安全性の理由から、割高感はあったがA4
サイズを購入する。
しかし、いざ工作を初めて見ると、これでは足りないという不安感がわき起こり、結局大きいサイズのを追加
購入する羽目になった。ああ、悲しいかな、典型的な貧乏人のゼニ失い。
それはさておき、このフィルターを望遠鏡やカメラレンズに手軽につける方法が説明書きに書かれている。
@ 厚めの紙を用意し、レンズの筒先に巻いてサイズを合わせ、紙筒を作る。
A @の紙筒の上から、さらに紙を巻いて、@よりほんの一回り径の大きな紙筒を作る。
B @の筒先に、適当なサイズに切ったソーラーフィルターを乗せる。
C Bの上からAをかぶせれば、ほら、見事なホルダー付きソーラーフィルターのできあがり!
なるほど、上手いことを考えたものだ。
皆既日食撮影には、フィルターをいかにスムーズに着脱できるかが、大変重要な要素になる。
第2接触直前にフィルターを外し、第3接触直後に再びフィルターを装着するのだ。ここがスムースに行くか
どうかに、ダイヤモンドリング撮影の成否が懸かっているのである。
この説明書きに従えば、手軽かつ安上がりに着脱しやすいフィルターが作れるであろう。あとは、これをレンズの
先にカポッとはめるだけだ。
意気揚々と、説明書の方式に従って製作を始める。ところが、これがなかなかうまくいかないのである。
工作が下手なせいか、紙の筒の真円度が悪い上に、フィルターが思いのほか厚くて、@A二つの筒がうまく
ドッキングしてくれない。何とか二つの紙筒を重ねあわせると、今度はフィルターがあまりにもデコボコになって
しまう。説明書には、フィルターは多少デコボコがあるように作れ、ピンピンに張ってはいけない、とは書いてあるが、
これではひどすぎだ。太陽にかざしてみるとフィルターのデコボコに沿って太陽がユラユラと形を変えて見えるでは
ないか。まるで、流水の下の石を見るようだ。手先の不器用さも手伝って、いくら作ってもまともなフィルター
ができない。
最初の作品(?)。デコボコが悲惨です。 失敗作の数々
さらに、望遠鏡の筒先(デューキャップ)は完全な円筒形なので作業がやりやすいのだが、カメラレンズの鏡胴
は、意外に凹凸が多く、サイズが途中から変わったりもしているのである。紙筒が引っかかったりして奧まで
入らず、不安定になる。さらに、紙筒がピントやズームの目盛りを隠してしまい、撮影にも支障が出そうでもある。
紙の筒ではうまくいかないとなれば、何らかの筒を捜さなければならない。またしても100円ショップとホーム
センター巡りである。塩ビ管・紙筒・ビン・ラップやトッペの芯・プラスチックのコップ・ペットボトル・空き缶・・・etc、etc。
およそ「筒」とおぼしき、ありとあらゆる物がサイズ合わせの対象になる。
300ミリ望遠レンズには、幸運にも塩ビ管関係の部品にピッタリなサイズの筒があった。さらにこの筒の内径
にピッタリの部品もあり、この二つの筒を組み合わせて、先述した説明書の方法でソーラーフィルターシートを
挟み込む。シートは見事にピンとはって、最高のできばえとなった。(本当は、ピンと張ると力がかかって、
シートが薄くなったり穴が開いたりして危険なのだとは、後で気がついた)この部品にはご丁寧にネジ式のフタ
まで付いていて、誠にけっこうである。横から眺めるとこのフタが昔の飯炊き釜のフタにそっくりで、なんだか
ビデオカメラのテレプラスレンズには、フェルター周りのゴーストよけに使っている、つや消し黒の塗料のスプレーの
キャップがピッタリはまったのでこれを使う。灯台もと暗しというが、我ながらよくこのキャップに気がついたものだ。


ビデオ用フィルターとテレプラスレンズ 装着したところ
問題は連続写真用の35〜70ミリレンズであった。凹凸があったり、距離目盛りが筒先に近かったりして、
ごく浅くしか筒をはめ込めない。よほどピッタリした物でないと、ちょっとした弾みですぐにとれてしまう。
これに合う筒は、なかなか見つからなかった。
捜しに捜して、ようやくたどり着いたのはコーンの缶詰のカンと、紙筒に入ったポテトチップスの、フタの
プラスチックリングを組み合わせることであった。カンの先の、わずかに径が小さくなっているところが、
ちょうどレンズのフチにあたるのだ。おかげでフィルターが直接レンズのフチに触れることがなく、破損の心配が
無くなるのである。ポテトチップスのフタは、フィルターシートを押さえつつ、ささやかながらレンズフードの役割を
果たすかも知れない。 カンを切るため、大枚はたいて金切りバサミまで新調し、ついに対日食用のすべての
フィルターを完成することができた。
コーンの缶とポテトチップスのフタでフィルターを作りました。
なお、これらのお手製フィルターは、いつ何時壊れたり破れたりするか分からないので、島へはソーラーフィルターを
シートごと持って行くことにした。いざというときには、輪ゴムで筒先に止めるのである。シートは使い捨てになるが、
性能的には問題ないだろう。苦労してホルダーを作らなくても、最初っからこれでも良かったのかもしれませんな。
何しろあの天気で、フィルターなんかいらなかったのだから・・・。
いや、晴れていたら、第3接触後のフィルター装着は、輪ゴムどめ方式では、大混乱に陥ったことであろう。
あくまで、「晴れていたら」の話ですが・・・。
推理小説、もしくは、ソーラーフィルターを巡る文系的な悲哀
シート式のソーラーフィルターの露出倍数について、望遠鏡ショップの店員は次のように説明してくれた。
「説明書には1万倍と書いてありますが、ショップ側の実測では7千倍ほどです。」
これはいいことを聞いた。なるほど、私が買い求めたドイツ製ソーラーフィルターの説明書には、「露出倍数100000倍」と
明記されている。へへへっ、だまされないぜぇ〜!オレはちゃんと実測値を聞いて来たんだから・・・。1万倍じゃなくて7千倍!
さて、わずかな梅雨の晴れ間を狙って、いよいよ試験撮影だ。5センチ屈折にはND-400を二枚(露出倍数16万倍)、
300ミリには、シート式のソーラーフィルター(露出倍数公称1万倍、実測値7千倍)をつけ、適正露出を探ることにする。
撮影結果がすぐに分かるのがデジカメの良いところだ。
5センチ屈折(ND-400二枚装着)は、先に書いた万能の露出値(ISO感度100・絞り11・シャッタースピード1/250)あたりを
基準に微調整すれば、だいたい良いようだ。
一方の300ミリ(シート式ソーラーフィルター装着)の方は、フィルターの露出倍数が20倍前後も違うのだから、かなりシャッター
速度を速める必要がある。おそらく、カメラの最高速度シャッターでもいいぐらいだろう。
ところが、である。
両方とも、同じような絞り・同じようなシャッタースピードのとき、
同じような太陽像が写るのである。
これはおかしいではないか!
焦点距離が違うからか?・・・・そんなことは、関係ないはずだ。
太陽は、あるいはデジカメは、露出に関してとてもおおらかなのか?・・・・そんなはずないだろう。
ND-400二枚(16万倍)が、絞り11・シャッタースピード1/250の「万能の露出値」でいいなら、
シート式フィルター(公称1万倍、実測7千倍)は、絞り11のとき、シャッタースピードは計算上、1/4000か、もっと速くてもいいはずだ。
私は典型的な文化系人間だ。計算が間違っているのか?いや、『天文年間』にも、露出倍数1万倍のフィルター
で撮る太陽の適性露出が出ているが、それは、「F11・1/4000」、私の計算と同じだ。文系のオレの計算も、まんざら
でもないはずなんだが・・・。
じゃあ、いったいどうして同じ露出で同じ写りになるんだ?もしかしてISO感度の設定を間違ったか、と
思ったが、両方ちゃんとISO-100になっている。何がおかしいのか、ナゾである。
このナゾ、推理小説風に言えば、筆者はここまでで、すべての情報を読者に示した、
と言うところである。
後は読者諸君に謎を解いてもらう番である。
いや、賢明なる諸君は、もうとっくにおわかりだろう。
そう、キーワードは、ソーラーフィルターの説明書にある「露出倍数100000倍」である。
露出倍数は「1万倍」ではなくて、「10万倍」だったのである!
ショップ店員から1万倍・7千倍という言葉を聞いた私は、それを鵜呑みにした。実は、シート式ソーラー
フィルターには眼視用と、写真用があったのである。ショップ店員が言ったのは、眼視用の方だったのだ。
その後で、私が売り場で何気なく手にとって買い求めたのは、偶然にも写真用。露出倍数「100000」倍、と
書かれた方だったのである。
数字に弱い文系人間の悲哀、ここに極まれり。数字もちゃんと読めないとは、計算以前の問題だ・・・。
シート式フィルターの露出倍数10万倍と、ND-400二枚の16万倍。その違いは大きいように見えて、実は、
ほんの1.6倍に過ぎないのである。これは、撮影時には絞り1段分(2倍)よりも小さな差だから、写真の写り
としては、わずかな違いにしかならないのである。
露出倍数16万倍の5p屈折も、10万倍の300o望遠も、「ISO感度100、シャッタースピード1/250秒、絞り11」
前後で、ほぼ対応できることがようやく分かったのであった。
かくてナゾは解けた。(ナゾでも何でもなかったぞ!この数字オンチが!)
先入観とは、恐ろしいものである。貴重な人生の教訓を学んだ次第。
刃物の話
フィルターのワクやら、様々な小物を作るにため工作用の厚紙を買ってきた。この紙、よほど固いのか、
なかなかカッターナイフの刃が立たない。渾身の力を振り絞り、何度も同じところを刃でなぞり、それでもだめで、
どんどん刃先を新しくするが、やはり切れない。直線でさえ、そのありさまなので、円や曲線ともなれば、まともに
切ることなどできない相談である。
ある日、ホームセンターでコンパス式のカッターを見つけた。400円ほどであった。今までその存在を
知らなかった私は、円はフリーハンドで切り抜いていたので、これは便利そうだと買って帰り、さっそく使って
みて驚いた。あれほど切りにくかった厚紙が、いとも簡単に、きれいに切れるのである。カッターナイフでは
渾身の力を込めてもなかなか切れなかった厚紙が、である。
カッターナイフは100円ショップで三本100円で買った物であった。もしやと思いあたって、一本200円ぐらいの
カッターナイフに買い変えてみると、実に良く切れる。
人間は、経験によって学ぶ生き物である。トカラ日食が無かったら、カッターの刃はみな同じ切れ味だと信じたまま、
私は人生を生きて行くところであった。
日食は、様々な教訓を人類に残してくれる。
熱線防御
梅雨時は、晴れたかと思うと、すぐにパラパラと雨が降ってきたりする。太陽の試験撮影はなかなかはかどらな
い。機材をセッティングしたかと思うとすぐ撤収を余儀なくされることもしばしばだ。いかに手を抜いているとは
いえ、仕事もあるから、常時スタンバイというわけにも行かない。
そんなわけで、1時間ぐらいは連続してお日様が顔を出してくれるとありがたいと思ったが、なかなかそんな
タイミングは来なかった。それでも、30分ぐらいの晴れ間を使って試験撮影をしてみて驚いた。色が黒いND-400
フィルターは日に焼かれて、手で触れないほどに熱くなっているのである。日食本番では、3時間ぐらい連続で
日光にさらされる。真夏の亜熱帯の、天頂付近の太陽である。フィルターが破損したり、紙製のホルダーがだめに
なったりしないだろうか。ちょっと危険に感じたりもする。
部分食中は、シャッターを30秒おきに切る予定である。その合間を縫って、かなり慌ただしいが、時々は
布などで覆ってフィルターを太陽の熱から守ってやらなければならないだろう。
ただし、皆既の前後や皆既中は、もっと頻繁にシャッターを切るようになる。フィルターを日光から守ってやる
余裕は全くないが、皆既前後は日光の量もぐっと少なくなるから、この時間帯は熱線防御はしなくても大丈夫だろう。
シート式のソーラーフィルターは、鏡のようなものである。太陽光のほとんどを跳ね返すので、熱くなることは
ないようだ。赤道儀も、私のは色が白っぽいから、手を触れられないほどには熱くならないと思う。
心配なのは、色の黒いカメラ類である。デジタルにしても、銀塩にしても、カメラに熱は禁物だ。日食のガイド
ブックには先達の知恵として、カメラをアルミホイルで包めばよいと書いてある。なるほどと思う。なんだか、
アポロの月着陸船や宇宙探査機のイメージでかっこいい。この手で行こうかと思ったが、炎天下のシーンを想像し
てみる。アルミホイルは強烈にギラギラ光って、目がチカチカ・頭はクラクラしそうだ。暑さで疲れ切った体が
いっそう消耗してしまう。これは勘弁だ。
そこで、小さな日よけを作ることにした。段ボールをカメラぐらいのサイズに切って、コンパスカッターで丸い
穴をあけ、レンズだけがそこから出るようにする。5センチ屈折のアクセサリーバンドに、長めの金属板のウデを
取り付けて、そこに段ボール製の日よけを洗濯バサミで取り付ける。これで、カメラボディには、日光は当たらな
い。アルミ箔で包むと難しくなるダイヤル類の操作性も確保できる。レンズ部分は、ソーラーフィルターが耐熱防御を
兼ねてくれるはずだ。
カメラ用の日よけ ウラから見たところ 日よけを取り付ける金属板のウデ
主砲用カメラの日よけ 日よけを前から見たところ
しかし日よけは、風が強ければ震動源になるかも知れないし、飛ばされてしまうかも知れない。結局アルミ
ホイルも、宅急便の中に入れて送ることにした。だんだん心配性になって来たようだ。
新兵器強化計画
露出時間・撮影枚数・撮影間隔を制御できる機能がついた新兵器=電子レリーズ(タイマーリモートコント
ローラー)を手に入れたおかげで、デジタル一眼で日食の過程を自動的に、30秒間隔で撮影するという計画を
立てることができた。ただし、この革命的な新兵器はけっこうなお値段なので、一つしか買うことができない。
(準備編 戦闘班 Part1を参照されたし)
職場のヒンシュクを買いつつも、デジタル一眼を二台用意できたのだから、なんとか、
レリーズ一個で両方のカメラを同時に動かすことはできないだろうか?
一つのヘッドホン端子を、二つのヘッドホンで使えるように変換するフタマタのプラグがある。これを使って、
電子レリーズのケーブルをフタマタに分けたらどうだろうか?我ながらいい考えだと思ったが、それは一筋縄では
いかなかった。プラグのサイズやメスとオスを複雑に変えながら、最後はカメラに合う端子につないで行かなけれ
ばならないのだ。
プラグの形状を変換するアダプタなどを買いあさるが、いざ、捜してみると、こういう物は店によって置いて
ある商品ががまちまちで、欲しい物が簡単には見つからない。大型量販店もたくさん回ったが、品揃えに満足
できる所はなかった。何軒もの店を回り、ようやく必要なものを調達する。
買った物を組み合わせてつなぐのも、パズルのようだったが、ようやく一つの電子レリーズと、二台のカメラと
をつなぐ、フタマタのラインを作り上げた。電子レリーズのシャッターボタンを押せば、同時に二系統の電流が
流れ、二台のカメラが同時に作動する「はず」である。
「はず」ではあるが、本当に上手くカメラは動くのだろうか?いや、動かないならまだしも、ショートを起こし
て、カメラが二台ともダメになってしまうのではないか?カメラ内部の複雑な回路のことなど、私には全く分から
ない。これを使うかどうかは、大きなリスクを負ったイチかバチかのカケである。
ケーブルを二台のカメラに接続し、ええいままよっ!と、両方のカメラのスイッチをオンにした瞬間、
カシャッ!
と、片方のカメラだけ、シャッターが切れる音がした。
まだ、レリーズのシャッターボタンは押していないのに・・・。
「やっちまったか!?」・・・時間が凍り付く。
しばし様子を見るが、幸い火を噴く様子は無い。電源オンを示すパイロットランプは二台とも点灯している。
おっかなびっくり、レリーズのシャッターボタンを押すと、カシャッ、カシャッと二台のカメラのシャッターが
同時に動いた。やった!動いた!成功だ!モニターに、今写した画像がちゃんと現れた。
オートフォーカスや露出機構も、正常に働いているようだ。
もう一回、レリーズのボタンを押す。今度もうまくいった。安心して何回もシャッターを切るが問題なく作動する。
よかった・・・。
でも、最初に片方のカメラだけシャッターが切れたのはどうしてなのか?この症状は、このシステムでカメラに
電源を入れたり切ったりするときに、起こるようである。以下、私なりに想像した、その理由である。
・カメラ二台の電源は、同時に入れたつもりでも、人間の手がやることだから、当然タイムラグが生じる。
・するとカメラは、先にオンになるものと、後からオンになるものに別れる。
・カメラが電源オンになる時、電流が発生するのであろう。
・後のカメラがオンになったとき、その電流がフタマタケーブルを逆流して、先に電源が入ったカメラに
レリーズ信号として伝わり、シャッターを動かすのであろう。
試してみると、一台のカメラのオン・オフに合わせて、もう一台のカメラのシャッターが必ず動く事が分かった。
最初と最後に一方のカメラだけ、写真を一枚ずつ余計に撮ることになる。36枚しか撮れない銀塩なら大きな損失だ。
だが、たくさん撮れるデジカメなら問題にならないであろう。
かくして、5p屈折直焦点と300o望遠の2台のカメラは、同時にシャッターを切れるようになったのである。
しかも、タイマーリモートコントローラーでインターバル撮影ができるのだ。主砲EM-200は、2連装・同時射撃
可能・発射間隔調整可能な高性能マシンへと進化したのであった。
ご注進:私の使ったカメラは、偶然にもフタマタ化がうまく行きましたが、他のカメラでもうまくいくという保証は
ありません。責任は負いかねます。よい子の皆さんはマネしない方がいいと思います。カメラが火を
噴く可能性もあります。くれぐれもご注意を!
← ← タイマーリモートコントローラー
→ 2.5o → 3.5o → オスメス変換 → フタマタ → ケーブル2本 →
カメラ2台 ← 2.5o2個← ケーブル2本 ← ←
JpgとRaw
デジタルカメラで撮った写真は、通常はJPG形式で記録される。しかし、日食のガイドブックによると、
ダイヤモンドリングやコロナのような貴重で、デリケートな写真はRaw形式で写せと言う。
私はRawデータを扱った経験がないのでしっかりした知識がないのだが、Rawとは、いわば未現像のフィルム
のようなもので、標準現像はもちろん、増感現像や減感現像など、様々な加工が可能なのだという。しかも、デジタル
データであるから、何回でも使い回しができる。一本のフィルムを何通りにも現像できるようなものなので、
まことにけっこうな形式である。
適性露出を得るのが難しい撮影は、Rawで撮って、後でいろいろに調整した「現像」をするのが上手いやり方
なのだという。もっともだ。私も、第二接触直前からはRawデータで写真を撮りたいと考えた。
ただし、Rawにも欠点がある。恐ろしくデータサイズが大きいのである。撮影可能枚数が、JPGに比べて大幅に
減ってしまう。また、撮影されたデータをメディアに書き込むのに時間がかかるから、短時間に連続撮影すると、
データ転送が追いつかなくなってバッファアンダーランを起こし、しばらくの間カメラが動かなくなってしまうと
言う。
今回使うCanonEOSkiss-DXは、連続撮影スピードは1秒間に3枚くらいである。そのスピードでJPGの連続
撮影したとき、12枚くらい撮ったところでバッファアンダーランが起こって撮影ができなくなるという。つまり
3〜4秒シャッターを押しっぱなしにすると、しばらくカメラが動かなくなってしまうのである。
Rawはデータが大きいから、もっと短時間でバッファアンダーランを起こすかもしれない。
太陽の姿が短時間に激変する第2接触直前や第3接触直後は、めいっぱいたくさん写真を撮りたい。だが
バッファアンダーランを起こしたら写真が撮れなくなって、元も子もなくなってしまうのだ。
Rawの欠点の解決策の一つは、シャッターを切る間隔を長めにすることだ。シャッターとシャッターの間隔を
1秒程度開ければ、かなり長い時間バッファアンダーランを起こさずに撮影を続行できることがわかった。
もう一つ、バッファアンダーランと記録容量不足を解決する方策は、転送速度が速く、容量の大きなメディアを
使うことだ。CanonEOSkiss-DXはコンパクトフラッシュカード(CFカード)を使う。自分は2ギガのタイプのを二枚
持っているが、2ギガだと、Rawを写す枚数にもよるが、日食の全行程を撮影するにはいささか不足気味な気がする。
二台のカメラに一枚ずつ使うとなると、日食の終わりの、第4接触が近くなって、CFカードがいっぱいでもう撮れない、
という事態が起こるかも知れない。
そこで意を決して、主砲5センチ用に4ギガで転送速度も速いカードを購入する。新型の4ギガタイプは、これ
1枚で2万円を超える出費になる。8ギガタイプも売っているが、こちらは1枚で、鹿児島への往復航空券に近い
値段である。「欲しがりません、勝つまでは!」というスローガンには、悲しいものがある。
出費は決意したが、ほんの小さなカードに二万数千円である。なかなか品物をレジに持って行く度胸が決まらない。
「SDカードは高性能でも随分安くなっているのに、CFカードはどうしてこんなに高いの?」と、何の責任もない
店員さんに、文句の一つも言いたい気分であった。
もう一台のデジタル一眼(300o望遠)用には、手持ちの2ギガのCFカード二枚を、途中で換装して乗り切
ることにする。
これで、デジタル一眼二台の撮影スケジュールの大筋が決められる。
撮影間隔は日食の全過程を通じて、電子レリーズ(タイマーリモートコントローラー)で30秒間隔に設定し、
自動的にシャッターを切る。撮影間隔の設定を変えるのは、煩わしくて時間のロスにもなるし、ミスをする危険も
高まるので、最初から最後まで30秒間隔という電子レリーズの設定は変えないままとする。
ただし、皆既前後のダイヤモンドリングやコロナは、もっと間隔を詰めなければならないので、自動の30秒間隔に加えて
手動で、電子レリーズの手動ボタンを押して、できるだけたくさんの写真を写すようにする。
主砲EM-200(5センチ屈折直焦点+300o望遠)撮影計画の概要
@ 第1接触直前〜第2接触少し前(部分食)・・・・・・・・・・・・・・・・フィルター装着。JPGで撮影。
30秒に1コマずつ自動撮影。
A 第2接触少し前〜第3接触少し後(皆既日食のハイライト)・・・フィルターをはずす。Raw+JPGで撮影。
30秒ごとの自動撮影に加え、手動でも撮影。
ダイヤモンドリングは1秒に1コマぐらいの間隔で。
(シャッタースピード・絞りは変えないまま)
コロナはシャッタースピードを何段階にも変えてなるべくたくさん。
(絞りは変えないまま)
B 第3接触しばらく後〜第4接触直後・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フィルター再装着。JPGで撮影。
30秒に1コマずつ自動撮影。
食の終了まで撮影。