2009722 トカラ列島 宝島
 
                 - 準備編 運行班-
 
 旅行計画、滞在先での過ごし方、荷物の搬送などを担当するのが運行班の任務である。
 
絶対条件
 
 皆既日食を生で見るために絶対に必要なことは、皆既日食の起こる時間に、皆既帯の中にいることである。
この条件を満たさなければ、どんなに頑張っても皆既日食をこの目で見ることなど出来ないのだ。
 
 今回の日食の皆既帯は、日本の領土内においてはほとんどが海の上になる。その中にある陸地といえば、ほんの
わずかな面積の島嶼部だけである。皆既帯が通る陸地(=島)に行く交通手段は船か飛行機しかない。乗れる人数には
限りがあり、予約でいっぱいだ。急に思い立って、ふらっと日食を見に出かける、ということは出来ないのである。
そこが、広い陸地の上で起こる日食とは、決定的に違う。
 
 バイブル「1963721」によると、46年前の知床日食の前日、予定していなかった仲間が「ふらっと」羅臼岳に現れ、
遠征隊員を驚かせたという話があった。その方が撮ったコロナの写真が、大学のクラブのBOXにあったのを思い出す。
オホーツク海に浮かぶ国後島の上に輝く、美しいコロナの写真であった。だが、今回は「ふらっと」は行けない場所
なのである。
 
 自分は幸い、トカラ列島宝島へ行くツアーに申し込むことが出来たから、一応交通手段は確保できている訳だ。
ただし、このツアーの集合時間に、このツアーの集合場所にたどり着いていることが絶対条件になる。遅れれば、
もはや皆既帯へ行く交通手段はないのである。我ら宝島組の集合場所は鹿児島市のドルフィンポート、集合時間は
2009年7月19日(日)午後4時と定められた。
 
 運行班の最大の使命は、この日時に、この場所に、自分を持って行くことである。となると、7月19日(日)の
早い時間帯に、いや、出来れば前日のうちに、鹿児島市に着いているように段取りをしなければならない。
 
 自分の住んでいるところから鹿児島は遠い。飛行機がもっとも有効な交通手段であるが、飛行機は天候によっては
飛ばない可能性もある。飛行場(中部国際空港)までは高速バスと私鉄を使うが、高速バスだって道路状況によっては
大幅に遅れることもあるのだ。現実に高速バスの30分〜1時間程度の遅れはしばしば経験することだ。
 7月18日(土)は3連休の初日でもあり、また、多くの地域では学校が夏休みに入る日とも重なっている。しかも、
この年から、休日の高速道路はどこまで行っても千円、と言う割引が適用されているので、高速道路は大渋滞が予想
される。その上事故でも重なったら・・・。
 
 飛行機の時間に、うんと余裕を持って空港に到着できるバスを選ばなければならない。そして、万が一、飛行機が
欠航となった場合には、鉄道(JR)を使って鹿児島までたどり着ける時間的な余裕も見ておく必要がある。
 
 ついでに言うと、帰りも時間的な余裕が必要だ。トカラ列島への唯一の交通手段フェリー「としま」は、遅れや欠航
がしばしばあるという。欠航となれば、あきらめて飛行機を取り直すか、JRで帰途に着くしかなくなるが、問題は
遅れた場合である。船が遅れたため、飛行機が先に出発してしまった、では惨めである。予定では帰りの船の鹿児島港
到着予定は午前10時。空港までもかなりの距離があるらしいから、中部国際空港行きの飛行機は最終便に乗るように
しておいた方が無難だろう。ただ、これだと名古屋発の高速バスの最終には間に合わないから、名古屋あたりで一泊
しなければならない。
 
 財政的逼迫の度合いも、高まる一方なので、飛行機代もなるべく節約したい。早く予約した場合にかなり安くなる
席が若干あるが、この席は一旦予約してしまうとキャンセルも変更もできないという。もう少しリスクの少ない往復
割引という制度があった。これだとキャンセルは出来ないが、便の変更だけは出来る。万が一船が遅れて、飛行機に
間に合わないときは、翌日の便に振り替えられる。(ただし、席が空いていれば、という前提がつくので厳しいが・・・。)
 
 かくして、旅の日程はおおよそ次のようになった。
 
7月18日(土)午前7時 出発 高速バスで名古屋へ    名鉄を乗り継いで
         昼前  セントレア(中部国際)空港着
        午後3時45分  セントレア 発 
        午後5時05分  鹿児島空港 着  空港バスで鹿児島市内へ
        鹿児島市内 泊

7月19日(日)午後4時 鹿児島港ドルフィンポートに集合 ツアー出発フェリー「きかい」or「あけぼの」
        この先、7月23日(木)に、鹿児島へ戻るまで、はツアーに身を委ねることになる
        船中泊

7月20日(月)午前5時 奄美大島 名瀬港 着
        午後6時 フェリー「としま」奄美大島 名瀬港 発
        午後9時30分 宝島到着
        島内泊(テントor体育館)

7月21日(火)宝島に滞在・泊

7月22日(水)午前10時52分〜58分 皆既日食
        午後6時 フェリー「としま」で宝島 発
           午後9時30分 奄美大島 名瀬港 着
           午後11時50分 フェリー「きかい」or「あけぼの」で 奄美大島 名瀬港 発
           船中泊

7月23日(木)午前10時 鹿児島港 着
        ここでツアーは解散
         午後7時15分 鹿児島空港 発
         午後8時30分 セントレア(中部国際)空港着
         名古屋市内 泊

7月24日(金)朝 名古屋発 高速バス

         昼前に帰宅・午後1時に定刻出勤の予定
 
 
ネットで旅する時代です
 
 宝島はどんな所なのだろう。毎日のようにインターネット上の地図と航空写真を眺めて暮らす。
 小さな島である。時間さえ許せば、歩いて1周することだって出来そうだ。だが、今回は島での滞在は45時間程度。
日食の準備と撮影にほとんどの時間を取られるだろうから、島内をゆっくり見て回ることは出来ないかもしれないなあ。
せっかく遠いところまで行くのに残念だ、と思っていたら、島内一周のツアーが行われるというメールが届いた。
ガイド付きで車で回ってくれるという。私の行くG-2コースは31名様限定、早い者勝ち。参加費はなんと、千円ポッキリ。
これは
申し込まない手はない。

 これで、島内を見て回る事が出来る。なかなか訪れることが出来ない場所だ。ありがたいことである。
 その上、島では温泉に入れるという。ひとっ風呂浴びて、東シナ海に沈む雄大な夕日を眺めながら南の風に吹かれて
涼む優雅な自分を想像する。最高のゼイタクだ。
 
 今回は鹿児島で一日、奄美大島でも一日を過ごすことになっている。これらも初めて訪れる地である。どうやって
過ごすか、考えておかなければ。じっくり見たいが、時間があまりないのは残念だ。ありきたりの観光になってしまう
が、旅のガイドブックで情報を集めるのが手っ取り早そうだ。インターネットでもいろいろな情報が入手できる。
鹿児島市内に関しては情報過多で、何を見るべきか、迷ってしまうほどである。とりあえず、桜島へでも行ってみようか?
 
 奄美大島ではどうしたらいいのだろう。明け方にフェリーで名瀬港に着いて、夕方に同港を出発となるのだが、
この間をどうやって過ごそうか。終日、自由行動だという。真夏の亜熱帯の島に一人で放り出されるのであろうか。
未知の街を日陰を求めて惨めにさすらう自分の姿が思い浮かぶ。いや、せっかくだから車でも借りて島内を巡って
みようとレンタカー屋をネットで検索する。島の北の方は皆既帯に入り、見物客が押しかけるだろうから、そちらへ
行くと渋滞などに巻き込まれて帰れなくなって、夕方の出発時間に間に合わないかも知れない、などという心配も
出てきたが、幸か不幸かレンタカーはすでにみんな予約済み、借りる余地はないようだ。
 車での移動がかなわなければ、公共の図書館にでもしけ込んでクーラーにあたって涼しくすごそう、などという発想
が湧いて来た。哀れで惨めな発想だが、炎天下にいるよりは、よほど良い。日食に備えて、体力を温存しておかなけれ
ばいけないのだ。ネットで見ると、港に比較的近い所に図書館があるようだ。  
 
 宿泊の手配もインターネットで出来る時代だ。鹿児島の地図から検索して、ツアーの集合場所である鹿児島港ドルフ
ィンポートに一番近い宿を取る。鹿児島市内にある十島村の役場に近いのもうれしい。お値段も三千円台と格安で、
朝食付きで、ありがたい。最後の名古屋の宿も、ネットで予約できた。
 
 飛行機も、高速バスも、全部インターネットで予約した。そもそもこのトカラ皆既日食ツアーも、インターネットで
ないと予約ができないシステムだ。今や旅はネットでする時代になったと言うことであろうか。
 
 
荷物運搬にまつわる諸問題
 
 ふと疑問が湧いてきた。荷物は宅急便で送れると言うが、それはいったい、島のどこに保管されるのであろうか?
人口100人程度の小さな島には、宅急便の営業所などないと言うし、大きな倉庫だってないだろう。
 
 港にテントか何かを張って、そこに積み上げるのだろうか。いや、今回のツアーの本部的な存在になるコミュニティ
ーセンターあたりに保管するのかもしれない。あるいは、200人分という大荷物の収容能力を考えると、学校の体育館
あたりの方が可能性が大きいか。保管状況によっては、機材の梱包の方法を考えなければならないので、旅行業者に
電話して聞いてみることにした。
 
 「港に大きなテントか何かを張って、その下で保管、なんて事もあるんでしょうかねえ?雨に当たるのが心配
  なんですけど・・・」
 「いや、宅急便業者はプロですから、雨に濡れるようなことはしないと思いますが、どこにどうやって保管するかは、
まだ決まっていないようですよ。」
 
 どこに荷物を保管するか、まだ決まっていない!出発までもう、1ヶ月を切っているというのに、こんな事で大丈夫
なのだろうか?「業者はプロ」という言葉を「信じる」しかない。いや、その言葉に「すがる」しかない。
 
 自分の宿泊場所が海岸のテントなのか、学校の体育館なのかもまだ、はっきりしていない。宝島の地図を見ても、
詳しいことは分からない。あえてプロットしてみると、フェリーの着く港・キャンプ場(海水浴場)・集落・学校・・・宅急便の
集積場になりそうな場所と、私が泊まることになりそうな場所とは、どこをとってもかなり離れているよう
だ。「荷物は各自で、宿泊場所まで運んで下さい」なんて事になったらどうしようか?この距離を、大きくて重い
たくさんの荷物を自力で運ぶとなると、大変なことである。
 
 春先に手首を骨折した影響で、右手はまだやせ細ったまま、握力は昔の半分以下だ。ヒザは老人性関節症という爆弾
を抱えている。こんな体で荷物を持って長い距離を歩くのはとても不安である。重い荷物を長い距離、楽に運ぶ方法は
ないだろうか?
 
 学生時代、クラブの合宿では、みんな重い荷物をリュックに入れて、背中にしょって山道を歩いたものであった。
その中に一人、海外旅行用のスーツケースを持ち込んだアイディアマンがいた。山道と言っても、あのあたりの山は
目的地まではほとんど舗装されている。スーツケースの底には小さな車輪が付いているから、舗装道路上を、この車輪
で転がしていけば楽だ、というわけである。肩に食い込むリュックサックに悲鳴を上げていた身には誠に羨ましく見え
たものであった。ただ、残念ながらスーツケースの車輪は小さすぎて、小石や砂の多いデコボコのアスファルト道を
転がすには限界があったようだ。歩き始めて間もなく車輪は壊れ、彼はその後、悲惨な旅を余儀なくされたのであった。
 
 しかし、荷物運びに車輪を使うというのは、営々と築き上げてきた人類の英知である。この手で行こうではないか!
 最近は、スーツケースよりもっと車輪を大きくした、旅行荷物運搬用のキャリーカートなる物を売っている。これ
なら作りもしっかりしているし、荷物はゴム紐で固定できるから形やサイズに関係なく荷物を運べるし、さらに折りた
たみも出来てコンパクトである。宅急便の荷物を受け取って運ぶにはもってこいな品である。

 幸いにもキャリーカートが実家にあるから借りて、大きなRVボックスに入れて持って行こう。なんと言っても私の
RVボックスは、宅急便で扱ってくれる最大のサイズである。きっと、何でもかんでも入ってしまうだろうと思って
いたのだが、なんとキャリーカートは折りたたんでも恐ろしくかさばって、RVボックスにはとても入らなかったので
ある。

 宝島へ行くとき、自分自身はリュックを担いでいく予定だ。リュックなら両手がフリーになるから、なにかと都合が
よいだろうと思ったからだ。キャリーカートを手で持っていくのはジャマだ。第一、飛行機に乗るとき、これを機内に
持ち込むのは難しいし、これだけを荷物預けにするのはなんだか恥ずかしくて勇気が出ない。

               
         使用を断念した 旅行用の 折りたたみ式キャリーカート

 
 そんなわけで、キャリーカートは持って行くのを断念することとなった。島で荷物を運搬するためには、車輪を持った
道具は
欠かすことが出来ないから、代替手段を考えなければならない。それも、RVボックスに収まるサイズであることが
必須の条件だ。
 
 ホームセンターで、車輪の付いた、利用できそうな物をあれこれ物色する。しかし、目につくのはキャリーカート・
台車・座って草取りの出来るイスなど、どれもこれも皆かさばって持って行けそうにないものばかりである。ここは
工夫して自作するしかないようだ。
 
 事務用のイスの下に付いているのと同じタイプの車輪を買ってきて長さ30pくらいの板の両端につけてみる。この
くらいの車輪になれば、イスの下で人間を支えているくらいだからきっと強度もかなりあるだろう。スーツケースの
小さな車輪のように、移動中に壊れることはよもやあるまい。
 これを二つ作ってうまくつなぐ工夫をして、RVボックスの前後につければ市販の台車と同じ機能になるのではない
か。
 とりあえず一つだけ作ってみた。RVボックスを引っ張るときはひもをつける事になるのだろうなあと考えながら、
ひもを仮につけてみる。いや、ひもでRVボックスの片側を引っ張り上げれば、これだけで十分に移動をさせることが
出来るようだ。ちょうどイヌを散歩させるような姿勢で、RVボックスを引っ張って歩くことが出来る。RVボックス
が板から外れないように、後ろにL字型の金具を取り付けて支えにする。これで完全だ。うれしくなって、夜中に
家の中を犬の散歩のようにぐるぐるとRVボックスを引き回してみる。二輪台車試作、初号機である。
 
 翌日、早速、二輪台車試作、初号機を外に出して、未舗装の地面で試してみる。家の中ではあんなに滑らかに動いたの
が、地面では小石や砂利を巻き込んで、今にも故障しそうである。滑らかな床の上ではともかく、地面の上では車輪を
もっと大きな物にしないと使い物にならないことが分かった。
 
    輪台車 試作 初号機(右) と 2号機(左)      この車輪サイズの差が悪路で物を言う


 大きめの車輪を買ってきて再度工作。2号機はうまくいった。舗装道路はもちろん、凹凸のあるような多少の悪路でも
十分に対応出来る。荷止め用のゴムバンドでしっかりくくりつければRVボックスもEM200も、メタル三脚も、十分に運搬が
出来る。しかも、この二輪台車はRVボックスに余裕で収まるサイズである。これで、宅急便で送った荷物がどこに保管されて
いても、楽に観測場まで運ぶことが出来るだろう。

                
 
        二輪台車 2号機 発進します!
           (なんて、カッコいいものではありませんが)


      二輪台車 2号機 フォトコーナーへ



荷物
 
 今度の旅は宅急便が使えると言うことで、心おきなく大きな赤道儀を持って行くことにした。
 
 宅急便で送る荷物は、最初は大小ふたつのRVボックスだけのつもりであった。特に大きい方のRVボックスは
宅急便で扱える最大のサイズである。この箱一つに、ほとんどの荷物は収まってしまうであろうと思っていた。しかし、
いざ荷物を入れてみると、それは全くの間違いであることが分かった。赤道儀を収納するのだけでも、意外に大きな
空間が必要で、RVボックスには、どうやっても収まらない。望遠鏡、赤道儀、三脚類、カメラ類、フィルター類、
工具類、着替え、食糧、水、・・・持って行く物は山ほどにふくれあがってきている。RVボックス二つという当初の
計算は早々に破綻した。
 
 いったい荷物はどれほどになるのだろうか?
 
 一方、旅行業者の説明によれば、宅急便用の荷札は一人2枚ずつ、専用の物が、旅の最終案内と共に送られてくると
いう。ということは、荷物は一人二つまで、と言うことだろうか?
 問い合わせると、荷札を追加してくれるという。やれやれと一安心する。「何枚送りましょうか」と聞かれ、4枚
あれば十分だとは思ったが、欲深く「5枚お願いします」と返答する。懇切丁寧な対応をしていただけてありがた
かった。
 
 宅急便に託す荷物は、7月10日までに集荷を完了しろと言う。これをいったん鹿児島市に集約して、7月13日発の
フェリー「としま」でトカラ列島の各島に送るという。これを過ぎると、日食の日までの到着が
保証できないという。絶対に
遅れることは許されないから、7月9日をリミットにした方がよい。その日が間近に迫ってきた。今まで家に中に散乱していた
様々な物を、持って行く物と
行かない物に仕分けし、荷造りをしなければならない。撮影のリハーサルは、ここで打ち切るしかない。
 
 7月7日夜から、本格的かつ最終的な荷造り作業を開始。持って行く物は1階に、行かない物は2階へ。しかし、
よくまあ、これだけ物があったもんだと、我ながらあきれるほどである。さながら引っ越しの荷造りだ。
 
 島では物資は何も手に入らないと考えるべきだから、必要な物は全部持って行かなければならない。とりわけ工具類
は、いざというときには無いと悲劇を生むから、あれもこれも、入れられるだけ箱に詰めよう。皆既日食観測ツアーの
参加者なら誰かが工具を持ってきているかもしれないが、それをあてにしてはいられない。ドライバー・スパナ・
六角レンチ・接着剤・糊・セロテープ・・・・もし現地で何かあったらと思うと、どうしても心配性になってしまう。
 
 カメラ類は、壊れないように気を遣う。エア・クッション、気泡シートなどと呼ばれる緩衝材(いわゆるプチプチ)
に包んで、さらに箱やカバンに入れて、工具類と共に大きい方のRVボックスに収める。自作のフィルター類も壊れた
ら大変だ。厳重に箱に収める。さらにフィルターが壊れても現地で何とか出来るように、アルミホイルのようなシート
式の太陽フィルターとハサミとセロテープ、輪ゴムなども荷物に詰め込んだ。
 
 台風や夕立、スコールなどの雨対策も想定しておこう。荷物が濡れてしまうのは絶対にまずい。RVボックスはまだ
雨に強いが、段ボールを濡らしたら、赤道儀を島から送り返す手段が無くなってしまう。そこで、これらをすっぽり
包んで完璧に雨から守れる大型のビニール袋を購入した。このサイズの袋なら、組み立てた望遠鏡だってすっぽりと
覆うことができるから、万が一雨に降られても、望遠鏡も安心だ。スコールが上がったら袋を外して、すぐに撮影体制
に戻ることもできる。学生時代、県下で最も降水量が多い芸北方面で合宿を重ねた経験がこんなところでモノを言う。
まあ、こんな雨よけのビニール袋は必要ないだろうが(!?)、一応用意はしておこう。
 
 赤道儀EM-200は、何か収納ケースになるような、丈夫でしっかりした容器はないかとさんざん物色したが、ついに
適当な物は見つからなかった。(これは購入時から今日まで解決していない問題である)
 それで最後の手段として、購入時の段ボール箱に入れることにした。購入以来十数年、夏はサウナ状態になる屋根裏
部屋に放置してあったためか、外側の色が変わってきていて劣化が心配されるが、何とか使えるだろう。
他に適当な物がないのである。
 
 箱の中には発泡スチロールが、赤道儀の形にくりぬかれている。これは幸い劣化していない。その形に合わせて機材
を納めるのだが、赤道儀の回転部をどういう向きにしたらフィットするのか、なんだかパズルみたいだ。悪戦苦闘・
試行錯誤の末にようやく箱に収めることができた。
 さて、と箱を持ち上げてみると重くて底が抜けそうだ。なにしろEM-200の赤道儀本体は、16sもあるのである。
ヒモやテープを幾重にも巻いて補強するが、どうしても箱の下がたわんで膨らんでくる。万が一この箱が壊れたら、
帰りはどうなるのか?島には梱包材など売っているはずはない。あり合わせのもので包んで、ヒモでぐるぐる巻きに
して送り返すしか方法はない。これでは機械は無事では済まないだろう。箱よ、頼むから持ちこたえてくれ!
 
 赤道儀の三脚も、購入時の段ボールに納めることになった。三脚の先端の尖った石突きが、箱を破って突き出て来る
恐れもあるので、ここにベニア板を置いて補強してある。この箱には、カメラ用の三脚も納める事にする。万が一この
箱が濡れたりして強度が落ち壊れたとしたら、もはや梱包手段はない。帰りはお手上げ状態になってしまうだろう。
絶対に濡らしてはならない箱である。
 
 生活関連物資も大きな段ボール1箱がいっぱいになった。ただ、島で食料品などを消費してしまえば、帰りはこの箱
はずいぶん隙間ができるはずだ。中の物がガサガサと動いてしまうかもしれない。そこでビーチボールを持って行くこ
とにした。これは、海で泳ぐようなことがあった場合には浮き輪の代わりになるし(オッサン1人の海水浴、ブキミ!)、
帰りに箱がスカスカになったら、ビーチボールを膨らませて荷物押さえにするのである。一石二鳥の、グッドアイディ
アだ。
 
 かくして、送るべき荷物は以下のように、計5箱となる見通しとなった。
 
    RVボックス大・・・望遠鏡と関連用品、カメラ類、工具類、など
    RVボックス小・・・電源、赤道儀関連部品、双眼鏡、など
    段ボール箱 @・・・赤道儀本体
    段ボール箱 A・・・三脚(赤道儀用と、カメラ用と)
    段ボール箱 B・・・衣類、食料品、水などの生活物資
 
 本来は一人2枚しかもらえない送り状を、サバを読んで5枚もらっておいてよかった。まさか本当に全部使うことに
なろうとは・・・。自分でもあきれ、驚く始末。
 
 
発送
 
 荷造りをしながらふと気がついた。これだけの大荷物の中から、必要な物を探し出すのは至難の業だ。若い頃なら
何がどこにあるか、ちゃんと記憶していただろうが、今の記憶力では荷物を全部かき回さないと欲しい物が見つから
ないだろう。何がどこにあるのかすぐに分かるようにしておかなければ持って行っても意味がない。日食撮影は時間と
の競争だ。持って行った物をすぐに取り出せるように、一覧表を作って置かなくてはならない。表計算ソフトで一覧表
を作れば、「箱別の収納物」と、「品物別の収納場所」の両面からのリストが簡単にできると思うのだが、一品ずつを、
いちいちパソコンに入力している時間はもはや私には残っていなかった。大慌てで、箱ごとの内容物を、手で書き出し
てリストを作る。後はだいたいの見当をつけて捜すしかない。それにしても、持って行く物が大量な上に雑多で、
リスト作りは恐ろしく時間がかかりイライラは募るばかり。ようやくできあがってた荷物のリストは、A4用紙 11ページにも
なるものであった。
 
 7月7日夜に始まった荷造りは、8日夜になってもまだ終わる気配がない。
 
 荷造りにこんなに手間と時間がかかっていると言うことは、宝島から帰るときも、荷造りには相当な時間がかかると
言うことである。日食終了からフェリー出発まで数時間しかない。悪石島より3時間ほどの余裕があるとは言うものの、
本当に大丈夫なのだろうか?数日かかった荷造りを、帰りは数時間でしなければならないということだ。不安になる。
 
 最後は何でもかんでも箱に詰め込むことになるのだろうが、箱には容量ぎりぎりにものが詰まっているのだから、
雑に詰めると全部が収まらない危険性がある。再収納の際の参考になるように、箱の中にどう荷物を詰めてあるか、
写真に撮って持って行こう。


       RVボックス(大) 最下段          RVボックス(小) 最上段

 そんなこんなで7月8日の晩は、荷造りで徹夜状態。締め切りの9日の朝が来てもまだ作業は続いていた。今日は
午後1時が出勤時間である。さすがにそれには間に合うだろうとタカを括くっていのたが、昼が近づいてきても作業は
終わらない。定刻の出勤は無理だ。今日ばかりは背に腹は替えられない。有給休暇を取って、何が何でも荷物を発送し
てしまわなければならない。
 
 昼を回って、ようやく梱包作業終了の見通しが立ってきた。ふと見ると、小さなRVボックスにわずかなスペースが
残っている。そこへ、赤道儀のガイド望遠鏡用のマウントを入れてみるとピッタリであった。今まで、ビデオカメラを
システムに取り付けるのにカメラ用三脚の雲台部分を使っていた。ビデオカメラはテレプラスレンズを装着することで、
望遠鏡の直焦点(700o)並の大きな太陽像が得られるようになっていたのだが、焦点距離が非常に長い分、雲台の
ネジを締めるだけでも方向が狂い、太陽が視野から外れてしまうというトラブルがしばしば起きていた。ガイド望遠鏡
用のマウントなら微動装置もあるし、丈夫だし、ビデオカメラの微妙な構図決めもうまくいくに違いない。リハーサル
はしていないが、きっと皆既日食撮影時にはその威力を発揮することであろう。(この微動装置は宝島で、確かにその
威力を実感できたが、肝心の「成果」を上げることはできなかった・・・。)

          
                   
RV ボックス(大) 梱包完了 

 最後に望遠鏡を大きなRVボックスに収めて、ようやく梱包が完了。旅行業者からは、荷物の収集を依頼するように
指示されているのだが、もはや集荷の車を悠長に待っている時間はない。宅急便の営業所に直接持ち込む事にする。
 荷物を車に積んでみてビックリした。ハッチバックタイプの、かなり広い荷台なのに、これらの荷物は乗り切らない
のである。後部座席を倒して荷物スペースを倍に広げて、ようやく5つの荷物すべてを車に乗せることが出来た。
単身者の引っ越し並のボリュームだ。

       
             荷台にいっぱい、5個の荷物
 
 確かこのあたりに有ったはずと、車を飛ばして当てずっぽうに、宅急便の集配センターを捜す。幸い、予想とわずか
の誤差で集配センターは存在した。
 
 雨が次第に激しくなってきた。梅雨もそろそろ末期である。車から降ろした荷物を受付まで運んで行く間に、雨は容赦なく箱を
濡らしていく。思えば不吉な荷出しであった。7月9日 木曜日。天気、雨。荷物発送はなんとか締め切
りに間に合った。

  荷物の無くなった部屋はガラ〜ンとして、準備もリハーサルも、もはや何もすべきことがない。徹夜
開けで、心身ともに朦朧状態。
張り詰めていたものがプツンと切れて、日食も何もかも、すべてが終わって遠い過去に
なってしまったような、けだるい空虚感が私を
支配している。

 疲れた・・・。


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