2009722 トカラ列島 宝島
- 準備編 生活班 -
トカラの島に店はない、あっても一軒だけという。それも、一日中営業しているわけではなさそうだ。よって
現地では、何も調達できないと考えなければならない。さらに、緊急にお金が必要になっても、キャッシュカード
でお金を引き出すところもないし、クレジットカードも使えないという。お金も物も、すべてを持って行くことに
なる。
基本的な持ち物は、学生時代に慣れ親しんだ合宿キャンプのしおりがベースになる。「食器、ハシ、スプーン、
着替え、雨具、観測用具・・・」これはゥン十年たった今でも、そらんじているようなものであるが、これだけで
は済みますまいて・・・。何も入手できない秘境で、いかに体調を維持し、皆既日食にチャレンジするか、それが
生活班に課された重大な使命である。
腹が減ってはいくさができぬ
ツアー業者によれば、島に滞在中の食事は、三食すべて提供されることになっている。ただメニューは、
レトルトやインスタントが中心になるという。
島の事情を考えると、レトルトやインスタントのメニューは仕方ないことだし、日頃が日頃だけに、私はたぶん
そのことは苦痛には思わないだろう。
ただ、ここに大きな問題がある。それは食事の量である。さすがに若い頃と比べれば小食(?)になってきては
いるとはいえ、元来私は大食漢である。この世でもっとも恐ろしいのは、腹が減ることなのである。
業者の説明会が東京であった。これには参加できなかったが、そのときの質疑の様子がホームページに掲載され
ている。様々な質問が出されている中で、食事の量を訪ねた人がいたようだ。
Q:「食事の量は、どれくらいですか?」
A:「はい、一食、一人あたり、一人前です。」
オレは、そんなこと聞きてェんじゃねぇ〜!
空腹への不安と恐怖が募って行く。そこで、島へ食料を持ち込むことにした。行き帰りのフェリーでも、かなり長い時間を
過ごすことになるから、この時の食事の用意も必要だ。
鹿児島から奄美大島へ渡るフェリー「あけぼの」での分は、鹿児島を出発するとき買えばよい。これは簡単な
ことだ。いくらでも店がある。
奄美大島から宝島へ渡るフェリー「としま」では、一応夕食の弁当が配られることになっているが、ここらへん
から心配である。奄美大島で買い物はできるのだろうか?この日の分はあらかじめ、多少なりとも食料を用意して
おいた方がよいだろう。
20日の夜、島に入る。そしていよいよ21日朝からは「一食あたり一人前」のレトルトである。
「不足(!)」の事態に備えて宅急便で食料を送っておこう。
また、台風などで島を出られないという「不測」の事態の時の食料はどうなっているか、ツアー案内にも全く
出ていなくて分からない。多少の予備は絶対に必要になる。(こうなると本当に遭難用の非常食だ!)
島内では、一切の調理は認めないという。お湯を個人的に沸かすこともだめなんだそうだ。登山用のコンロを
持ち込んで、カップ麺やレトルト食品など作っちゃだめですよ、と旅行の案内に書かれている。では、何を持って
行こうか?
簡単に食べられて保存にも携行にも便利な物の代表はカンヅメであるが、水不足の島ではカンヅメの
空き缶を洗うことができるかどうかわからない。ゴミはすべてお持ち帰りの亜熱帯の島で、汚れの落ちきれない
空き缶を持ち帰るのはちょっとオソロシイことである。
炎天下でも日持ちして、ボリュームもあって、調理不要、お湯もなしで簡単に食べられ、後始末も良ものを
探さなければならない。
@ キャンディー類・・・炎天下でのビタミン、塩分(ミネラル)補給ができるやつを。
スポーツ用の塩アメも売っていた。風邪を引いた時に備えてノド飴も。一食に数個ずつ
A ソーセージ・・・・・常温保存のできる魚肉ソーセージ。一食に一本ずつ。
B 菓子類・・・・・・・飲料水も少ないので、水分なしでも食べやすいクリームをサンドしたしたビスケットを
捜す。あれやこれやと試食して、メタボに拍車がかかる。一食に一個ずつ。
さらに、元気回復には甘い物、ということで黒かりんとうを一袋。
C カステラ・・・・・・バイブル『1963721』で、大量に差し入れしてもらって食料に、プレゼントにと有効に
活用され、日食観測を成功に導いたスグレものがカステラであったそうな。これに
あやかって、私もカステラを持参することにする。カステラというと長崎だが、近くの
スーパーで北海道フェアをやっていて、高橋製菓というところのカステラを売っていた。
これは、一つずつ個別パッケージされ、賞味期限も長くていい。
店の所在地が北海道、名前はタカハシ。バイブルや望遠鏡メーカを彷彿とさせて、ゲンが
良いではないか。一食に一個ずつ。
D アルファ米・・・・・スポーツ店の登山のコーナーにあった。お湯なら15分で、水でも60分で食べられるよう
になるという。腹さえふくれればいいだろうと家で試食してみたら、これが大変うまいの
である。ウチで炊く飯よりよほどうまい。古典文学に出て来るカレイイとは大違いだ。
かつてカレイイを実験したことがあるが、どうやってもふっくらご飯には戻らなかった。
アルファ米は、どういう製法で作るのだろうか?
白米・炊き込みご飯・わかめご飯などのバラエティもある。袋の口を開けてそこにお湯か
水を注いで待てばいい。お湯を沸かさなくても作れるし、調理用の器もいらないし、袋か
ら直に食べれば器もいらない。
白米は、一袋で茶碗に軽く二杯分くらい。その他は一杯くらい。値段は4〜5百円程度。
数食分を用意する。
E粉末飲料類・・・・・粉末のスポーツドリンクやアミノ酸を粉末にしたドリンクがスポーツ用品店で売ってい
た。水分補給やジュース代わりに、疲労回復用にと、これらを持って行くことにする。
@〜Cは小分けにして、一食分ずつビニール袋に入れる。たくさんの荷物がある中で、あっちの袋、こっちの袋
と引っ張り出さなくて良いし、一袋の中にいろいろ入っていて具合がよいのである。学生の頃、ワンゲルの友人
から教わった「行動食」というテクニックである。
食料のほとんどは、宅急便に入れて送ることにする。しかし、一食ごとに全部食べたら、すごいカロリーに
なるなあ・・・。
水は命の母である
「激甚災害の島」でも述べたが、島の水事情は厳しい。
飲料水は、一人あたり一日に500ミリリットルのペットボトルが5本支給されるという。ほかに経口補水液
500ミリリットルが一本。
食事の時も含めて水はこれだけのようである。しかも水を冷やすことに「努力する」という。何十人・何百人分
もの水を冷やす装置など島にあるはずもないのである。生ぬるい水3リットルだけで、炎天下のテント生活に耐え
られるであろうか?
自分の勤め先は、エアコンのない原始的な職場である。だから暑い夏は良く水分をとる。どのくらい飲むのだろ
うか?1リットルや2リットルはすぐに飲んでしまうような気がする。家に帰ってまた飲むから、島で支給される
水の量だけでは不安である。
2リットルのミネラルウオーターを2本、宅急便に入れて送ることにする。さらに鹿児島や奄美大島でもなるべく
水分を買い込んでいくことにした。
かつて、着替えは週一回だった
学生の頃は、銭湯に行くのが、よくて週に1回であった。洗髪をしても、一回目はシャンプーの泡が立たなかっ
たものである。下着を替えるのも銭湯に行くときだけ。4泊5日の夏合宿でも、当然のこととして一回も着替えは
しなかった。さすがに、そういう不衛生なことは、できうるならば避けたいと思う年になった。(立派になった
もんだ!)
今回の旅は6泊7日の予定である。炎天下の旅で大汗をかくだろうし、着替えは絶対必要だ。
島は水不足で洗濯は厳禁だという。旅の途中の鹿児島や奄美大島で、洗濯ができるところがあればするとして、
それでも、6泊7日間のほぼ毎日の衣類を持って行かなければならない。少なくても下着ぐらいは着替えたい。
島へ着くまでの3日分+アルファの着替えをリュックに詰め、残りは宅急便で島に送る。
帰るとき、汚れた服を宅急便に入れ、新しいものをリュックに詰める。こうすることで、直接自分で運ぶものは全
体の半分ほどで済む。
薄着で過ごせる夏とはいえ、7日分+アルファの衣類は膨大な量である。100円ショップで、エア抜きのでき
るビニール製の衣料収納袋を何枚か買って服を詰める。100円ショップのものは掃除機など使わなくても、自分
の体重でエアが抜けるので、旅には便利である。体積は減って収まりはよくなったが、7日分の衣類となると、
さすがにずしりと重い。
風呂とシャワー
水の少ない島だが、トカラのほとんどの島には共同浴場スタイルの温泉があるという。さすがは環太平洋造山帯
の一角をなす列島弧、旅の楽しみができた。ただし、ツアー客が多いので、入浴時間は指定され、時間制限も設け
るとのことである。
島にはシャワーもあるというが、一日一回の制限付き。宝島には海水浴場があるので海にも入ってみたいが、
シャワーはそのときだけになるのだろう。(そういえば、水着を用意しなければ・・・。オッサンが一人で海水浴と
いうのは、いかにも不気味である。でも、海なし県に住む人間にとって、南国の浜辺は夢の別世界なのだ。)
旅行の案内には、「デオドラントシート」・「パウダーシート」などと呼ばれる顔や体を拭くためのペーパータオルを
必ず持って来いと書いてある。若い人たちは普通にこれを使うようだが、旧人類の自分は使ったことがない。
よくわからないままに、一枚あれば体が拭けるという大きいのと、顔などを拭く小さいのをいくつも買い求めた。
しかし、島ではなにかと忙しかったうえに、私にはそれを使う習慣がなかったため、悲しいかな、これらの
ペーパータオル類は、1年経った今でも未開封のままである。
なお、行き帰りのフェリー「あけぼの」や「としま」には有料のシャワールームがいくつもあって、その気に
なれば体が洗えたのだが、なぜか、あれこれしているうちに利用する機会を逸してしまった。学生の頃、瀬戸内海を
大阪南港まで行く「南港フェリー」には、確かけっこう大きな風呂がついていた記憶があるが、あれはよかったなあ。
せっちん
飲み食いすれば当然、後の問題が発生する。入れたら出さなければ、人間は生きて行かれないのである。
島には、大勢のものを処理する施設はないので、災害発生時用に開発された仮設のトイレが設置されるという。
なかなかのハイテクマシンで、大も小も、凝固剤みたいな物でゼリー状(?)に固めて、一人前ずつビニール袋に
密封し、最後は焼却するのだという。
ビニールに包まれた「一人前」が、炎天下、大量に一時保管されている光景を想像するのは不気味であるが、
何しろ激甚災害なのであるから、我慢しなくてはならない。
今回は使われなかったが、微生物の力であっという間に水と二酸化炭素に分解してしまうタイプの仮設トイレも
あると聞いたことがある。仮設トイレも、テクノロジーの最先端を競い合う時代なのである。
さて、トイレには紙が付きものであるが、大勢で使うと往々にして品切れを起こす。カミに見放された人間は、
哀れな迷える子羊である。ここは一つ、自前で持って行った方がよさそうだ。
通称「トッペ」はキャンプ生活には必携の、万能紙ナプキンである。トイレも、お口の周りも、食器拭きも、
なんにでもこれを使うのである。
スポーツ店の登山用具売り場で、芯が無くて真ん中まで紙を巻いた専用のトッペを売っていた。巻き方も、普通
のやつよりも固くきつく巻き締めてあるのか、ずしりと重い。こういう物もあったのかと感心しつつ、早速購入する。
パンデミックに関する素人的見解
この年の5月から日本でも新型インフルエンザが猛威をふるっていて、世界的な流行(パンデミック)になって
いる。大勢の人がいる中では感染の心配もある。罹患したとわかれば隔離されるかもしれない。
万が一感染・発病した時の心構えを決めておく。
熱があっても根性でツアーに参加する。決して新型インフルエンザと悟られないようにして、なんとしても
皆既帯にたどり着こう。それまでは40度の熱があろうとも、平静を装わなければならない。風邪薬で熱は
下がるだろうか?
フェリー「としま」に乗ってしまえば、まずはこっちのものだ。もう、本土に帰れなどとは言わないだろう。
島には診療所があるというから、そこに隔離されるかもしれないが、ダダをこねれば日食を「見る」ぐらいなら
許してくれるだろう。
皆既日食の頃になると、新型インフルエンザも日常的な出来事となり、隔離というようなことはなくなってきた。
世界的にはかなりの死者も出、国内でも何人かの人が亡くなったが、このインフルエンザは当初思われたほどには
毒性が強くはなかったようである。
マスクは必需品であったが、幸い皆既日食ツアー中にはインフルエンザ騒ぎは起こらなかった。
島には日食期間中は医師も駐在してくれると言うが、長い道中だ。腹薬・頭痛薬・風邪薬・傷薬・絆創膏・酔い
止めなど、あらゆる薬を持って行かなければなるまい。特に外洋の船旅は揺れるという。酔い止めは忘れてはなら
ない。
また、骨折と老人性(あぁ、いやだ!)関節症で爆弾を抱えている手首とヒザに何かあったときのために、サポ
ーターやら湿布薬やら痛み止めも欠かせない。杖、いやいや「ツエ」とは言わないぞ!カッコいい3段伸縮式の
トレッキング用の「ストック」も持って行った方がいいのかなあ・・・。このストック、短く縮めてもリュックからはみ出すぞ!
あ〜ぁ、いやだ、いやだ。
蚊にはキンチョウマットです
寝る場所はテントか学校の体育館のいずれかだが、テントになる可能性が高いと思う。よしんば体育館で寝る
ことになっても、自然の豊かな島だから、蚊やブヨが侵入して来て、刺されまくることは十分にあり得ることだ。
学生時代の夏合宿でも、蚊に刺されて往生したものだった。「血なんか、いくらでもくれてやるから、痒くし
ないでもらいたい」とは先輩の名言。防虫スプレーやかゆみ止めがすぐになくなってしまうのが常であった。
日食中、太陽の下では虫は気にしなくてよいだろうが、木陰やヤブも吸血鬼どもの棲み家である。もしかしたら
夜、蚊柱の立つ中で、光害のない東シナ海の星空を撮影することだってあるかもしれない。
今回の日食には蚊取り線香でおなじみのキンチョウが協賛企業となり、防虫スプレーや腕時計型の電子蚊取り
マットを「到着後」にくれるとツアー案内に書いてある。しかし、船の中や、途中で立ち寄る奄美大島などでも
ムシにやられかねない。もらえることはわかっていても、同じものをあらかじめ持って行くことにした。
ところが、である。ツアーの出発地の鹿児島で、受付と同時に、早速これらキンチョウ製品が配られた。
出発地に「到着」したらくれるという意味だったのだろうか?日本語とは難しいものである。
虫除けスプレーを2本持ち、電子蚊取りマットを両手につけ、私は船に乗ることになった。
このとき、Tシャツも一緒にいただいた。Tシャツには日食の絵でもついているかと思って見ると、描かれているのは
大きなキンチョウのシンボルマーク、例のニワトリであった。胸にでかでか、キンチョウのマーク。これを着た人もかなり
いたが、照れ隠しともハニカミともつかぬ不思議な笑いがジワジワと、みんなの間に沸き上がって来る。
また、ホームセンター巡りで、物理的に虫を防ぐ商品を発見した。腕と顔を覆うアミである。蚊帳を着るような
ものだ。数百円なので早速買い求め試着してみる。帽子の上からすっぽりアミをかぶり、腕にも昔の事務員さんの
腕貫みたいな筒状のアミをまとう。養蜂業者になった気分だ。このアミの包装紙には、きれいなお姉さんがこれを
身にまとってニッコリ微笑んでいる写真が印刷されていて、どうしても違和感をぬぐいきれない。
このアミを頭と両腕につけて、試しにボウボウに伸びた庭の草刈りをしてみる。効果は絶大なようだ。もし、
島の自然が豊かすぎて、虫がワンワンとうなりを立てて襲ってくるような時は、これは強力な味方になるだろう。
だが、宝島にいる間は、常に強い風が吹き続けたためか、虫で悩まされることはほとんどなかった。
毒ヘビに咬まれたら
奄美大島には、長い棒が、一定間隔で道端に立てられている、と鹿児島出身の友人から聞いたことがある。
ハブがでたら、この棒でやっつけるのだそうだ。
沖縄に旅したとき、ハブとマングースの決闘、というショーを見に行った。ヘビ使いは、観客の目の前でハブの
口をグワッと開け、鋭い牙からタラタラと、毒液をコップに絞り出して見せた。こいつが体に入ったら、まず助か
らないという。マムシよりずっと強力な毒らしい。
その恐ろしい毒ヘビが、私が行くことになった宝島にもいるのだという。しかも、あろうことか、トカラ列島の
有人7島のうち、宝島と、隣の小宝島にだけ生息しているのである。奄美に近いからなのか、この2島だけ火山島
ではなく隆起サンゴでできているからなのかわからないが、迷惑な話である。
トカラハブと言って、奄美や沖縄のやつに比べると毒は弱いらしいが、それでもこいつにやられたら大変だ。
ツアーの案内には、足下をしっかり確認すること、草むらに入らないこと、夜歩くときは必ず懐中電灯で照らす
こと、などが書かれているが、テントを開けたらトグロを巻いていた、なんてことがあったらどうしたらいいのだ
ろうか。
バイブル「1963721」を思い出す。北海道・知床はヒグマの名所であり、出発前から皆が心配していたと
書かれている。我が行く手にも、先輩方と同じような大自然の驚異が待ちかまえているのはなんだかゲンが良く
てうれしいが、さて、ヒグマとハブは、どちらが恐ろしいのであろうか。
まだ若かった頃、知人が山菜を採りに、とっておきの秘密の場所へ私を連れて行ってくれたことがあった。
リュックに入りきれないほど山菜が採れた。秘密の場所に連れてきてもらったことを感謝すると、この場所は、
絶対に誰にも教えてはいけないと言う。
「どうして私に、こんな素晴らしい秘密の場所を教えてくれたのですか?」
「あんたは体がでかいから、クマよけにちょうどいいと思ってさ・・・。」
そう言えば道中、横綱の手形みたいなのが、地面にくっきりと押されていた。手のひらがばかでかくて、
指は人間のよりちょっと短かったかな?
秘密の場所に着くと、山菜もたくさんあったが、見慣れない大きな動物のフンもたくさんあった。
帰りには、黒くてまるっこい物が300メートルほど先の谷底の笹ヤブの中をモコモコと走っていた。
よって、自分はクマよけの経験はある(?)のだが、ハブは未体験だ。どうしたらいいだろうか。
もしも向かってくるようなら、奄美の棒の例にならって、フェンシングよろしくハブに決闘を申し込むしかない。
宝島にも道端に棒が置かれているだろうか?
決闘に敗れたらどうするか。
スネークマンショーで教わった。
「もし、毒ヘビに咬まれたら、素早くナイフで傷口を切り裂き、急いで口で吸え!」
(よい子はマネしてはいけません。)
炎熱航路・炎熱諸島
私は標高の高いところに住んでいる。ここは湿度が低いので、夏で暑くても比較的しのぎやすい。日陰に入れば
さっと涼しくなるし、夜は気温もかなり下がる。夏だけでも、我が県に首都機能を移せば、仕事の効率もぐっと
上がるし、地球温暖化防止にもずいぶん貢献できると前々から思っているのだが・・・。
だから、暑い時期の海辺の町は苦手である。あのモワッとした湿気に満たされたベトベト感や、屋内のコンクリ
ートや鉄まで暖かくなっているあの感触は耐え難い。ましてや真夏の、亜熱帯に属したトカラへ行くのである。
ツアーの案内を読んで考えるに、行き帰りのフェリーは日食を見に行く人で寿司詰め状態になるようだ。
寿司詰めとはどういうことか。父から聞かされた、登山ブーム最盛期の、昭和三十年代の山小屋の話が思い起こ
される。山小屋は安全上、泊まりたいという人を拒むことは許されない。だから定員など関係なく人を受け入れる。
寝る段になると一列に隙間なく枕が並べられ、人は体を横向きにして(仰向きやうつ伏せは許されない)最小限の
面積で横になる。そして前後を他の人にビッチリと挟まれて、身動きもできずに寝たのだという。通路も土間も人で
あふれていたという。
あるいは、船に乗るのであるから、奴隷船のイメージの方が当てはまるのかもしれない。奴隷たちは、船底の、
風通しもない蒸し暑い船室に、身動きもできないほどギューギュー詰めに押し込められ、幾日も同じ姿勢のまま
運ばれていったという。横になることもできず、ずっと跪いた姿勢をとり続けなければならなかったとテレビで
見たことがある。病気になったり、死んだりした人もたくさん出たという。今回乗るフェリーの船室は、きっと
その奴隷船に匹敵するのではないだろうか?
船室にいるのが大変なら、風通しのよい甲板に避難して夜を過ごしたらどうか。すると今度は、映画で見た
復員船の様子が思い起こされる。甲板にまで人々があふれていたではないか。みんな考えることは同じだ。きっと
船の中には、どこにもゆったり過ごせる涼しい場所などはないであろう。
これはエライことになった。暑さと人いきれで大変なことになるであろう。日食を見る前に、島に着く前に、
くたばってしまうかもしれない。奴隷船の船底で生き抜く手段を考えなければならない。
また、島ではテントか学校の体育館が寝場所になる。どちらになるかは、出発時までわからないようだが、
どちらに転んだって暑いに決まっている。ツアーの案内にも体育館は暑いと明記されている。テントの暑さは、
学生時代に夏合宿でイヤと言うほど経験した。学年が上がって経験を積むにしたがい、テントを出て、外で寝る
人間が増えていったものだ。
だが、よりにもよって、トカラ列島の中で、宝島と小宝島にだけは、毒ヘビ(トカラハブ)がいる。うかつに
涼を求めて外で寝たら、安眠ではなくて永眠になるかもしれない。
暑さ対策・湿気対策はしっかりしなければならない。
ホームセンターで、速乾性のTシャツを見つけた。汗をかいてもすぐに乾くという。これで、少しでもベト
ベト感が減ってくれればありがたい。
同じ店で、乾電池で回る扇風機を見つけて飛びついた。これは後日、ネイルアートで飾り立てた指の爪を乾かす
ためのものだと知ったが、小さいながらも扇風機の形をしていて頼もしい。さらに、うちわと扇も買い込んだ。
ドラッグストアには様々なクールダウンのための商品がある。
@ 霧吹きでアルコールを体に吹き付けて気化熱で冷やすもの。
A タオルなどに吹き付けると、マイナス10度の氷ができるスプレー。
B Aと同じ原理のものを、直接服の中に噴霧できるようにしたもの。
C 服の上から吹きかけて冷やすタイプのスプレー。
D 子供が熱を出したときおでこに貼るシート。

他にも、ぶん殴ると冷たくなる使い捨てカイロ(?)みたいなものもあったが、これは一回しか使えないので
持って行かないことにする。
Aのスプレーを吹き付けたタオルを頭につけると、氷で冷やしたみたいで、大変効果的である。
奴隷船みたいな船旅と寝苦しい島の夜を、少しでも涼しくして、生きながらえたいものである。
対 日光 防御
亜熱帯の日差しは強烈だ。帽子・サングラス・日焼け止めは必需品であるとツアーの案内に明記されている。
紫外線が強いので日焼けしないように長袖のパーカーなども持って来いという。
暑いからといって、上半身裸で皆既日食を見て、悲惨なことになった人の手記もガイドブックに載っていた。
自分も、日焼け止めを持たずにビーチリゾートへ行って悲惨な目にあったことを思い出す。
さて、日射病対策は帽子、と昔から相場が決まっている。
最近の幼稚園や保育園の子供たちがかぶっている帽子には、首筋をカバーする布がついているものを多く見かけ
るようになった。昔の、南方へ行った兵隊さんがかぶっていたような帽子だ。オゾンホール問題で、紫外線が強く
なっていることへの対策であろうか。たしかに、耳・後頭部・首筋を太陽からガードするのは効果がある。夏場に
野球をするとき、野球帽を前後反対にかぶったほうが涼しいものである。
ホームセンターに、オッサン用の、後ろ側に布がついた帽子を売っていた。南の島の兵隊さんスタイルの帽子で
ある。これを持って行こうか・・・。
ただ、今までの経験から思うに、炎天下に長時間いるときはムギワラ帽のほうがすぐれている。夏はムギワラ帽
こそ、最高なのである。通気性も良いし、ツバが大きいので、体も日陰に入るのだ。
ムギワラ帽の後ろ側にタオルをくっつけて兵隊さんスタイルにすればどうだろうか。そうだ、タオルを洗濯バサミ
でツバに止めれば簡単にできる。布と首筋が離れて風が通るから、さらに快適に違いない。グッドアイディアだ。
真夜中にこれを考えついて、オレは天才ではないかと、思わず一人でほくそ笑む。
ムギワラ帽は素晴らしいが、大きな欠点がある。カッコ悪いのだ。島へ行くには飛行機を始め様々な交通機関を
利用するし、大きな都市をいくつも通過する。ムギワラ帽をかぶって歩くのはあまりにも恥ずかしいではないか。
そうだ、宅急便だ。箱に詰めて島へ送ってしまえ!と箱に詰めようとするのだがムギワラ帽というものは恐ろしく
かさ張って箱に収まらない。つぶして折りたたもうかとも思ったが、それでは帽子が壊れてしまいそうだ。では、
島へ行ってからムギワラ帽子を買うか?いや、買える可能性はほとんどないだろう。
旅の恥はかき捨て、という言葉がある。周りはみんな赤の他人、一生に一度しか合わない人々だ。腹をくくって、
ムギワラ帽をかぶって、鹿児島行きの飛行機に乗ろう。
これに日傘(雨傘と兼用)をさせば、日射対策はさらに完璧である。紫外線カットと書かれた黒い折りたたみ傘
を新調する。試してみると日傘と言うだけあって、普通の雨傘よりずっと日光を通さない。これはいいぞと思って
見上げると、黒くても日傘は女物である。買ったときは気がつかなかった花柄模様が日光に透けて浮き上がって
いるではないか。気になりだすと、今までは気がつかなかった花柄がついているのが見えてきた。この傘をさすと
思うと、恥ずかしいこと、この上ない。
花柄のカサをさすのも、野良着姿で飛行機に乗るのも恥ずかしい。だが・・・
明日のために今日の屈辱に耐えるのだ! それが男だ!
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