2009722 トカラ列島 宝島
- 準備編 技術班 Part1-
赤道儀、改造計画
EM-200に5センチ屈折を載せるためには、しかるべき鏡筒バンドが必要になる。
EM-200を購入した折に、別の15センチ反射を搭載しようと思って、鏡筒バンドの作成をメーカーに依頼
しようとしたところ、鋳物のバンド2本で4〜5万円かかるとのこと。経済的理由で即、発注を断念した苦い
経験がある。
15センチは無理でも、5センチ屈折は細くて軽いから、何とか自作できるのではないか。
前にも書いたように、我が家にあるモータードライブ付き赤道気は唯一EM-200だけである。金星・水星の
日面通過の際、なんとか5センチ屈折をEM-200に搭載しようと、懸命に無い知恵を絞ったものであった。
木で作るか、強力なゴム紐で締め付けるか、薄い金属の曲げ板を利用するか、などと思いつつホームセンター
をさまよっていると、一つ200円もしない半円形のバンドを発見した。
その名をパイプバンドという。文字通り筒を保持するためのバンドである。
パイプバンドは3サイズ売っていた。すべて買い求めてみると、それぞれ5センチ、6.7センチ、8センチの
筒にぴったりである!
きっと望遠鏡のメーカーは、屈折の鏡筒を、規格品の金属筒を利用して作っているのであろう。
だから、市販のパイプバンドがぴったりとフィットしたのだと思う。これはちょっと、発見であった。
さて、このパイプバンドの内側に薄いゴム板を接着剤で貼り付けて、鏡筒との密着度を高める。バンドを二枚
用意して5センチ鏡筒を挟み、長めのネジと座金とナットを使ってEM-200のプレートに取り付ける。プレート
と鏡筒の平行は、完全には保たれてはいないかもしれないが、北極星でも見るのでなければ、実用上、問題は
ないだろう。
16個ものナット類を着脱しなければならないので、組み立て、撤収に時間がかかるのは難点ではあるが、今回
もこの、ホームセンター製の鏡筒バンドを使用する。(他に無いのですよ・・・)



パイプバンドを赤道儀のプレートにつけ、鏡筒バンドとする
ついでに、これまたホームセンターで、植木鉢の水の受け皿を買ってきて、中央に穴を開け、ネジを通して
載物台にした。寸法的には、かなり大きな物まで載物台に使えるが、島への宅急便の箱に収まらない。結局、
買った中で一番小さい皿を使うことになった。
赤道儀を運搬する時、最大の難点はその重量である。とりわけ、バランスウエイトなどは、文字通り鉄の塊、
ただただ重たいばかりである。
日食のガイドブックなどにも、バランスウエイトは持って行かないで、ペットボトルに入れた水や、ビニール
袋に入れた砂などで代用せよとある。それはそのとおりだが、トカラ列島は水不足である。海水は万が一こぼし
たときのことを思うと、使いたくない。砂と言っても、やはり塩分を含んだ海砂になるであろう。第一、隆起
珊瑚の硬い岩盤で砂が採れるであろうか?
ということで、悩んだ末、電源として使うシールドバッテリー(DCワーク)をバランスウエイトに使うこと
にした。DCワークの肩掛けひもをバランスウエイトのシャフトにかけ、洗濯バサミを巨大化したような工作用
のクランプで挟んで止める。
重さが足りないといけないので、「バランスウエイト延長シャフト」なる物を購入する。何のことはない。
10センチほどの鉄の棒の前後にオスとメスのネジを切って,赤道儀のシャフトに継ぎ足すだけの物だが、なか
なかのアイディア商品ではある。グッドアイディアだけにお値段も結構なものだ。10センチで3500円ナリ。
高価な鉄の棒である。
載物台 延長シャフト 10pで3500円ナリ DCワークのオモリ
電源、死守せよ!
EM-200の電源は12ボルトである。普段はシールドバッテリー(DCワーク)を電源にしているが、テロ対策
かまびすしき昨今、こんな物を飛行機に持ち込めるはずはない。こっそり宅急便に詰めて送るしかない。
(宅急便でも、バレたら断られるかもしれないなあ・・・)
島へ送る宅急便は7月9日までに集荷してもらえと言う。鹿児島に集めて、13日発のフェリー「としま」で
トカラの各島へ運ぶのだという。これを逃すと、日食に荷物が間に合わないかも知れないという。
7月9日に発送してしまうと、22日の皆既まで2週間、充電無しである。自然放電もするだろう。万が一、
島で充電ができなかったら、と思うと不安である。
実は、私のDCワークは、十数年前に購入した当時のままだ。DCワークの有効期限は5年とされているから、
そうとう蓄電能力は衰えているはずだ。
実験してみると、それでも、十数時間は赤道儀を動かす力を持っていることが分かった。これならいいだろう
と思ったが、もし、島に充電設備がないとなると、カメラやビデオ、携帯電話などへの充電もDC←→ACの
変換機を使って、DCワークから電気をとるしかない。
12V直流をいったん100V交流にして、さらにそれをまた充電アダプタで12V直流に直すので、変換時のロス
が大きいだろう。また、今の機器はリチュウムイオン電池を使っているから、それらが飲み込む電力量もかなり
なものになりそうだ。
日食の前夜にDCワークからこれらに充電したら、電力はどれほど残るであろうか?残りわずかなエネルギー
を分け合って戦いに臨むなんて、戦艦大和の最期の出撃みたいで悲壮だ。日食の途中に、DCワークが力尽きて
で赤道儀が止まってしまうという事態だって考えられる。
12ボルトを供給できる電源をもう一つ確保しなければ!
電池BOXをつなぎあわせて、単一電池を8本、直列にすれば12V。これで、EM-200が数時間は動くようだ。
さらに、乾電池とDVCワークと、両方の電圧が下がりそうなときは、ワニグチクリップを使って両者を並列に
つないだらどうだろうか。下手をするとショートして火花が散るかもしれないが、エネルギーが尽きそうな時の
最後の電力延命策である。日食撮影中は、何が何でも赤道儀の電源を死守しなければならない。

12V用の電池BOX 危険!マネしない!
傾斜角 29度09分、偏角5.5度
赤道儀は、極軸を、地球の自転軸に平行に設置して初めてその威力を発揮できる。これを「極軸を合わせる」
などと言う。今日では、赤道儀の極軸の中に仕組まれた望遠鏡で北極星を見て、極軸を合わせるのが一般的だ。
この方法なら、手軽かつ正確に、赤道儀の設置ができるのである。
ただし、条件がある。それは北極星が見えることだ。もし天気が悪かったりして北極星が見えないと、なか
なか厳しいことになる。東西の星を観察しながら合わせていく方法もあるが、これは時間もかかるし、私には
難しすぎる。それに、皆既日食の前夜が晴れで、星が見えるという保証は無いのである。
また、日食のガイドブックによると、皆既日食ツアーでは、機材を観測場所に据えられるのは当日の朝に
なってから、というケースが多いのだという。海外では治安面や観測場所を借りる都合から、そのようになる
のだそうだ。
海外ならともかく、前々日に場所入りする宝島コースでそんなことは無かろうと思ったが、事前に東京で行わ
れた説明会でも、トカラ各島とも、夜は機材をしまうように指示があったという。極軸あわせをした機材を動か
すなど、もってのほかである。
「機材を盗まれても責任取れませんよ」と言われても、極軸合わせした機材を自己責任で置いておくしかない
だろう。あるいは一晩中ずっと起きていて機材を守り、そのまま日食撮影に突入してやろうか・・・。
だが、土地をお借りする都合上、地主さんが「夜はだめです」というようなことだとあまり逆らうわけにも
行かない。日食観測ツアーである以上、極軸合わせに関しては配慮して欲しいものであるが、自分の都合ばかり
を言うわけにも行かない。北極星を使った極軸合わせができないことも想定されるのである。
そういうわけで、日食当日、昼間でも極軸の上下角と方位角を、北緯29度09分、偏角5.5度の宝島に
合わせる方法を準備しておかねばならない。
上下角は観測地の緯度に合わせればよい。宝島の北緯は29度09分なので、極軸の傾きをこれに合わせる。
赤道儀の背中に傾斜計を当てて、その角度を調整するのである。傾斜計を当てる場所を精密に割り出さなければ
ならないが、私の知識と技量では、安物の水準器と定規を使って,赤道儀の背中にだいたいの線を引くのが精一
杯であった。そのかわり(?)傾斜計には金をかけ、ホームセンターで売っている最高級品を買い求める。かな
り精密だが、目盛りの字が細かくて、最近ぐっと進んできた○眼ではなかなか見えにくい。とにかく、こいつを
赤道儀の背におおざっぱに当ててみると、何回やっても同じ角度を示している。なんだ、おおざっぱで大丈夫
じゃないか!(ホントかよ?)
偏角5.5度を巡るミステリー
北極星を使えないとき、方位角は、方位磁石を使って合わせる。日食のガイドブックにもそう書いてある。
磁石の針が指す北の方角は、地磁気の北であって、地球の自転軸の北とは微妙に違うのだそうだ。この差を
偏角といって、場所によって数値が変わるが、その値は5万分の1の地図などに示されている。宝島の偏角は
5.5度だという。まあ、0.5度まで精密に測るのは無理だろうが、5度ぐらいまでには合わせたいものである。
方位磁石は、お値段がピンキリもなら、目盛りの付け方も千差万別である。お勧めは数値をデジタル表示する
測量用の物だが、そのお値段は恐ろしいことになるであろう。やはり昔ながらの磁針を使ったタイプを使うしか
ない。
あちこち回って捜した結果、一番安い100円ショップの磁石が、偏角の5度をもっとも読みやすい目盛りの
付け方をしていることが分かった。しかも、この100円の磁石は、オイルが封入されているので、微振動など
でも針がフラつくことのないスグレものである。
これ、100円
あとは、この磁石を赤道儀のどこかに取り付けて、極軸を北に合わせるばかりだ。ところが、いろいろ試して
いる内に、なんだか磁針の示す方向がおかしいような気がしてきた。私の職員住宅はおおよそ南に面して建てら
れているはずなのだが、家の向きと磁石の示す方向とが、あまりにも一致しない感じなのである。何か引っかか
りを感じるが、まあ、それは、気の迷いなのだろう。磁石の指す方角が、変わってたまるものですか。
梅雨で望遠鏡を外に出せないので、室内で、磁石を使って極軸を北に合わせるシミュレーションを行う。
その晩は、望遠鏡をそのままにして寝た。
翌日、もう一度磁石で極軸の向きを確認して「あれ?」と思った。昨日、磁針の北に合わせた極軸が、全く
違う方向を向いているのである。望遠鏡は動かしていないはずなのに、どうして昨日と向きが変わっているのか。
単身赴任のこの家には他に人はいない。だれか、自分が寝ている隙に家に入り込んで、望遠鏡をいじったか?
それとも我が家に、座敷ワラシでも現れたか?
いや、目で見た感じでは、望遠鏡の向きは昨夜と変わっているようには思えない。磁石の針が指す方向が
変わっているようだ。どうしてこんなことが起こるのだろう。昨日、極軸と磁針をちゃんと合わせたはずなのに。
もう一度、北を決めようと思って、望遠鏡に方位磁石を近づける。すると磁石は、さっきとはまた別な方向を
指したのである。そんな馬鹿な! 何かおかしい! 絶対に変だ!
磁石を持って望遠鏡の周りをぐるぐる歩く。針はめちゃくちゃな方角を指しまくる。
なんと、この家の地磁気は乱れまくっているのだ!まるで富士の樹海か、バミューダトライアングルだ。
地縛霊かポルターガイストの仕業かも知れない。エライ場所に住んでしまった。ここは恐怖の館だ!助けてくれ!
落ち着いて・・・、最初からもう一度。
望遠鏡から離れたところで磁石を見ると、だいたい自分の思っている北を指す。だが、望遠鏡に近づくと地磁
気は乱れる。望遠鏡の前後左右で、磁針の指す北の方角がみんな違う。なぜだ?
ようやくわかった。赤道儀は金属でできている。ほとんどが鉄だ。中にはモーターも入っている。この鉄と
磁力が赤道儀の周りの磁界を乱しているのだ。分かってみれば簡単な話だったが、ボロ家に一人暮らしの身には
ちょっと怖かった。
その後の実験では、近くにクギがあるだけでも、100円ショップで買った方位磁石は影響を受けた。
教訓:赤道儀の近くで方位磁石を使っても、磁石は有効には機能しない。
日食のガイドブックに方位磁石で赤道儀を設置する記事を書いた人たちは、本当に正確な極軸あわせができて
いるのだろうか?人ごとながら心配になる。
しかし、赤道儀の近くで方位磁石が使えないとなると、昼間に方位角をどうやって決めたら良いのだろうか?
無い知恵を絞り、日食ガイドブックの記事も参考に、いろいろな作戦を立案した。
作戦@ 地面にクギ作戦
事前に北極星を使って極軸合わせができたとしたら、望遠鏡の三脚の位置にマーキングをし、
当日の朝、その場所に三脚を据える。マーキングの方法としては、地面が土ならクギを打ち
込む、舗装面ならテープを貼る・マジックで印を書く、などが考えられる。
作戦A 水糸作戦
二つの方位磁石を使い、少し離れた位置で南北の方位を調べ、その間に水糸を張って子午線の
目安とし、望遠鏡をそれに合わせて設置する。水糸を長くするほど、南北ラインは正確に
なってくるだろうが、極軸は目見当で水糸に合わせるしかないから、赤道儀の設置精度は、
落ちるだろう。
作戦B 疑似北極星作戦
方位磁石と小型の望遠鏡を組み合わせ、北の方角を見て、真北にある、なるべく遠くの目標物
を見つける。これを北極星の代わりとして、赤道儀の上下角を下げて、極軸望遠鏡にその目標
物を導入すれば、極軸は北を向いていることになる。後は、上下角を調整すればよい。
作戦C 疑似北極星作戦(改)
北側が海などで、目標物がない場合も考えられる。そんなときは小型望遠鏡で真南の目標物を
見つける。次に、小型望遠鏡を赤道儀の極軸と平行な部分に当てながら、南の目標物を導入
する。極軸望遠鏡を使えない分、Bより多少精度は落ちそうだが、大差はないであろう。
作戦B・C用に倍率9倍の、万年筆型の小型望遠鏡を入手できた。9倍はEM-200の極軸望遠鏡と同じ倍率だ。
これと方位磁石二つを組み合わせ、怪しげな南北方位測定器を考案する。

目印付きのクギ 南北方位測定器
宝島での観測場所は、宿泊場所によって海水浴場か、小中学校グラウンドのいずれかが割り振られるが、
どちらになるかは出発の時まで分からないという。実際に現地に行ってみないと、どういう方法で極軸あわせを
できるか、決められない。なによりベストなのは、北極星を使って合わせ、そのままの状態で皆既日食を迎える
ことなのだが。
付記:宝島で、赤道儀の架台に、方位磁石をはめ込む自作のアルミ製台座をつけている人がいた。
彼に「赤道儀の回りでは、磁針が正常に働かないのではないか」と尋ねてみた。
その人はいつも、この台座に方位磁石をパチンとはめ込んで、方位を合わせているという。
今まで、それで問題はなかったという。赤道儀の回りで磁針のさす方向が乱れることはご存じで
はなかった。
常に架台の同じ位置に方位磁石を置けば、問題ないのだろうか?赤経・赤緯軸の回転に伴って、
鉄やモーターの位置が変わることまで計算済みなのだろうか?それとも、磁針に影響を与えない
ような赤道儀もあるのだろうか?
ピント合わせにおける二律背反
今回の日食は天頂付近で起こるため、屈折望遠鏡の直焦点につけたカメラのピントを合わせる時は、極めて
苦しい姿勢をとらなければならない。地面にヒザをつき、クビを90度後ろに倒して、望遠鏡の下に潜り込んで、
真っ正面から強烈な太陽光を浴びながら、カメラの小さなファインダーをのぞき込むのである。
そのうえ、主砲タカハシ5p屈折には、ドローチューブを固定するネジが付いていない。望遠鏡が天頂を向く
と、直焦点につけたカメラの重みで、ジワジワとドローチューブが伸び出て来るのである。以前、水星の日面通
過を撮影したときは、太陽高度が低かったので、こうした問題に全く気が付かなかったのだが、今回はけっこう
シビアな問題になってきた。
皆既がハイライトになるほど、望遠鏡は上を向き、ピントを狂わせる要素が増えてくるから、頻繁にピント
合わせをしなければならないが、一番忙しい時間帯に、望遠鏡の下に潜り込んで困難な姿勢でピント合わせなど
している暇はないのも事実だ。
一番ピント合わせを要求されるときに、ピント合わせをしている暇がない!
これを哲学用語で、二律背反という(かどうか、自信はない)。
ピンぼけ写真は「カンベン」である。昔から、私の撮る天体写真は、ピントが甘いので有名なのだから。
ドローチューブを動かなくする方法もあれこれ考えたが、良いアイディアは浮かばず、うまくいかない。
止めネジの付いている望遠鏡に切り替えようか・・・だがそれでは、フィルターなどを最初から作り直すこと
になり、作成が間に合わないかもしれない。もう7月に入り、荷物を梱包して宅急便で送る日が近いのである。
今になって主砲を変えるなど、できない相談だ。
天体写真撮影専用の望遠鏡には、ピントの位置を検出するための目盛りが付いているものも
あってうらやましい。ボクの5pにもこんな目盛りがあったらなあ・・・。
それが・・・なんと、「あった」のである!
ドローチューブを繰り出すための直線歯車(ラック&ピニオンのラックの方)の山だ!数えてみると、14番目
の山と鏡筒が重なる場所が、ピントの合う位置であることがわかった。今時の、大口径・短焦点の望遠鏡ならば、
こんなにいい加減ではピンボケになるだろうが、我が主砲は古い屈折望遠鏡ゆえ、F値が大きい(F=14)から、
被写界深度も深いだろう。この程度の目印で、そこそこにピントは合うのではないか。
最初は指のツメで歯車の溝を14個数えていたが、時間がかかる上に、数え違いも多く混乱する。考えた末、
黄色い水糸を14番目のミゾに巻き付けて、ピント位置の目印にした。これなら目で見てすぐに分かる。頻繁に
カメラのファインダーをのぞかなくても、まずまずのピント位置を確保できるだろう。
黄色い糸を鏡筒のフチに合わせる
バレーボールと写真屋さん
ピント合わせにはラックの歯数を使うことにしたけれど、やはり時々は眼視で合わせなければならないだろう
し、撮影可能枚数やバッテリー残量など、デジカメの情報もディスプレイから読み取らなければならない。また、
太陽がちゃんと視界に入っているかもチェックしなければ、虚空に向かってシャッターを切っていた、なんて
ことにもなりかねない。極軸合わせが怪しければ、尚さらのことだ。どうしても、時々は望遠鏡の下に潜っての
苦しい作業を敢行しなければならない。
その際は、どうしてもヒザをつくことになる。ズボンも汚れるし、小石などにあたってヒザが痛くもなる。
しゃがむという方法もあるのだが、ヒザに関節症の爆弾を抱える老いの身で、しゃがむことは命取りだ。
バレーボールの選手がヒザにパットをしていることを思い出した。ああした物があれば、ヒザをつく時の問題
を解決できるのではないか、そう思って物色すると、作業用のヒザパッドがあることが分かった。値段はバレー
用の半額以下なので、こちらを使うことにする。ごっつくてアイスホッケーのゴールキーパーになった気分で
あるが、これはなかなかのスグレもの。宝島ではその威力を発揮せぬまま終わってしまったが(クソッ!)、
その後、望遠鏡を扱う時はいつもこれを使うことにしている。角の尖った小石の上でも膝をついて作業ができて
誠に具合がよい。
もう一つ、ピントを合わせるときジャマなのが、あの強烈な日光である。お日様の写真を撮るのだから、
その光に文句を言ってはバチがあたるが、暑いだけならまだしも、カメラのファインダーの中で散乱光となって
大変見にくいのである。キツイ姿勢の上に像が見えにくくては、イライラしてきて良い結果は生まれない。
写真を撮るとき、光を遮るお手本は、写真屋さんが頭からかぶる遮光布だ。自分の頭とカメラに黒い布を
すっぽりかぶせればよい。そんな大きな布は・・・と家中を漁ると、黒いポロシャツが目に付いた。シャツの
クビの穴から直焦点に置いたカメラを入れて、胴の部分から自分の頭を突っ込むと、インスタント遮光布の
できあがりだ。黒のシャツでも、布の目の荒い物は日光がかなり入ってきて、効果が薄い。ポロシャツ・
Tシャツ、いろいろな黒シャツを試して、ほどよい物を選んだ。これをかぶってピント合わせをする姿は、
いかにも異様だろうか、まあ、仕方がない。
見た目の悪さに目をつぶり、実を取るつもりであったが、この即席の遮光布は、カメラにかぶせると操作性が
悪くなる。さらにその上、カメラに重みが加わってドローチューブが抜けだしやすくなり、ピントへの影響が
大きくなってしまう。せっかく目印をつけた14番目の歯車も、袋をかぶせられては見ることができない。
ピント合わせの時だけこれをつけるとなると、時間がかかるし、望遠鏡を動かしてしまいかねない。遮光と
操作性の、これまた二律背反だ。
太陽の試写をしていた時のことである。即席の黒シャツ遮光布をかぶるのを忘れ、それを手に持ったまま
カメラのファインダーをのぞき込んだ。ピントを合わせ作業のため、黒いシャツを持った手がカメラのそばに
やってくる。と、どうしたことか、あの邪魔な散乱光がフッと消えたのである。
散乱光は、自分の顔に当たった光が反射して起きていたのである。直射日光だけではなく、様々な方向から
来る光が影響しているようだが、顔だけちょっと黒い布で隠してやれば、散乱光はほとんど発生しないのだ。
頭から遮光布をかぶらなくても大丈夫なのだ。プロ野球の選手が、デーゲームの時、まぶしさを防いでボールを
見やすくするために、目の下を黒く塗るのも、あるいは同じ理屈なのかも知れない。
これで、皆既日食の写真は、私のものだ!
ジワジワと笑いがこみ上げてくるのを押さえられない。
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