M82に現れた超新星「SN2014J」の光度変化
M82に明るい超新星が出現!
2014年1月21日(世界標準時)、おおぐま座の銀河M82に11等級の超新星が発見されました。ロンドン大学天文台での
観測実習中に偶然見つかったもので、この超新星にはSN2014Jという符号が付けられました。
http://www.astroarts.co.jp/news/2014/01/23sn2014j/index-j.shtml
後のチェックで、日本が誇る新星発見の第一人者、板垣公一さんの撮影した画像に、15日にはすでに写っていたことが
わかったそうです。(この方のお名前を拝見するたびに、お名前がよく似ている我がクラブの先輩を連想してしまう私です。)
美星天文台(岡山県)や広島大学東広島天文台(広島県)などでの分光観測から、Ia型超新星とみられるとのことでした。
Ia型超新星とは、恒星と連星をなしている白色矮星が起こす超新星爆発だそうで、非常に明るく、遠方の銀河で起こっても
観測できるため、銀河までの距離測定にも利用されるそうですが、未解明な点も多いとの事です。
M82は距離1200万光年、視等級8.4等とされています(Wikipediaによる)。その中に、一体いくつの恒星があるか分かりませんが、
おそらく数千億個はある事でしょう。数千億個で8.4等の銀河の中に、たった一つで11〜10等級の光を放つ超新星が現れたのです。
これはすごい事です!
私はちょうどこの頃、過去に観測された「天変」に関する本を読んでいて、過去に何回か、地球の比較的近い所で超新星爆発が
起こり、それは満月よりも明るく輝いたたはずだという文章に接したばかりでした。オリオン座のベテルギュウスも遠からず爆発して、
そうなる運命にあるのだとか・・・。
私はまだ超新星なるものを見た事もありませんでしたので、そんなこんなで、この2014Jに大変興味を抱いたという次第です。
おおぐま座M82といえば、隣のM81と合わせて、天体写真でも人気のある星雲です。ここは一丁、これを写真に撮ってやろうと
思い立ちました。
M81 82(ε-160 D=160mm f=530mm EOSKissDXによるフル画面)2010年3月20日撮影
2010年3月20日撮影(上の写真からトリミング)と、2014年1月25日撮影(SN2014J初撮影)
その後、アストロアーツのホームページに、SN2014Jの光度測定を呼びかけるコーナーが出来、
比較星(標準星と呼ぶようです)の光度が紹介されました。
http://meineko.sakura.ne.jp/campaign/SN2014J-campaign.html
私が利用している画像処理ソフト・ステライメージに、写真を用いた星の光度測定機能がある事が分かったので、
これを利用して、超新星の光度変化を追ってみようと考えました。毎回全てを設定するのは大変な労力となるため、
この中から超新星の明るさに近いもの5〜6個を選択して、光度決定に利用することにしました。(なお、A〜Hの符合は、
便宜的に私がつけたものです。)
ここに示された星々の光度とは違う数値を載せているホームページもあるようですが、一応この写真に示された光度を
基準として光度測定を行う事といたしました。
光度測定の方法
大学のサークルで習った変光星の光度測定の原理は、光度の分かっている二つの星を基準にして、等級の「物差し」を
イメージし、測定する星が、その物差しのどの辺りにあるかを勘案して内分、あるいは外分の考え方を使って数値で表す
というものでした。
ステライメージの光度測定方法は
@ まず、光度の分かって星を標準星としていくつか指定し、その光度を入力する。
A 次に、測光したい星を指定すると、@との比較でその等級が表示される。
と言うものです。おそらく、画像上の星の面積などを光度に置き換えて、比較しているのだと思います。原理はサークルで
習った方法と同じと言っても良いかと思います。
光度測定につかう画像には
未現像のRAW画像(モノクロ状態)である事。
画像処理、合成などをしていないこと。
といった条件がつきます。
こんな感じで光度測定をします。
ステライメージでは、計算結果が小数点以下3ケタまで光度として表示されるようになっています。、標準星として入力した
光度は小数点以下1ケタですから、あまり小さい数字には意味がないようにも思いましたが、一応そのままを記録とすること
にしました。
さて、実際にステライメージで光度測定を行ってみたところ、次のような事が分かってきました。
@ 同じ画像上で、いちど標準星を固定すれば、光度測定を何度やっても、全く同じ 結果が出る。 A 同じ画像上でも、標準星を別の星に変えると、結果は微妙に変わってくる。 B 同じ画像上で、標準星を一回解除して、再度同じ標準星を指定した時に、 結果が変わってくることがある。 C 同じ日に連続して撮った画像でも、測定結果は違ってくる。 (ガイドやピントの善し悪し、空の状態などに影響されるのか、時には 1等以上の差が出たこともありました。) D 同じ方法で、2014J以外の、光度が分かっている星(たとえば標準星に用いて いる星の一つ)を測定しても、光度がかなり違って出ることもある。 |
@はすごい事ですが、Aはちと困る。B〜Dに至っては、測定結果が当てにならないと言う事になって来ます。これはソフトの
問題というよりも、標準星の位置決め(手動です)や、一枚一枚画像の条件の違い、などから起こる誤差と言う事になるのでしょう。
データの誤差やバラツキ(標準偏差?)などをどう処理するかということは、文系出身の小生には手に余る問題ですが、
単純な方法で出来るだけ良い結果を出すにはどうしたらよいかを考えました。その結果、
・できるだけたくさんの画像からデータを得る。
・最大値と最小値を除いたデータの平均を取る。
(測量や、スポーツの採点競技などで用いられる方法ですな。)
と言う結論に達しました。
ステライメージでは、最初の何回かは、そのつど標準星を手動で指定し、光度を入力してやらなければなりません。けっこう
面倒くさい作業です。しかし、何回かやっていると、どういう設定になっているのか、前に指定した位置が表示されるようになって
来ます。どうしてか分からないけれど、こうなれば、便利で楽が出来てありがたいです。でも、ガイドが悪いと標準星と指定位置の
マークがズレてしまって、星のない場所にマークがついていたりするようになります。こうなれば、再設定を余儀なくされます。
そんなこんなで、標準星の位置指定はけっこうな手間と労力を要する作業でした。何十枚、何百枚も撮影して測定すれば良い
結果が出るのでしょうが、それは無理。一回につき8枚程度を標準とする事にしました。
撮影方法
撮影システムは以下のとおりです。
望遠鏡:ε-160(D=160mm f=530mm F3.3) 直焦点(ただし、接眼部に標準装備の補正レンズあり) カメラ:EOS-KissDX(Hα撮影用にIRカットフィルターを除去改造したたもの) ISO1600、露光1分±α 赤道儀:EM-200B(ノータッチガイド。別名ほったらかしガイド。) |
1〜4月は、SN2014J は結構明るかったので、撮影の露光は短時間(10〜20秒)でもしっかり写りましたが、
露光は1分を標準とし、撮影時の空の状態で露光量を増減したり、段階的露光をしたりしました。
5月頃にはかなり暗くなったため、露光も長めにかける必要が出てきました。
光度測定は、画像1枚ごとに完結しますので、理屈の上では、露光が長かろうが短かろうがかまわないという事に
なるはずですが、出来るだけ露光もそろえた方が良い結果が望めるとは思います。
改造カメラを使った事に特段の理由はありません。いつも天体撮影用に使っているカメラを使ったと言うだけの事です。
移ろう季節と共に
1月下旬〜2月は冬空で、晴れれば透明度も良く、さらにM82の高度も高く、撮影条件は悪くありませんでした。ただ、私は、
自前の観測所など持っていない移動撮影派、いつも道ばたや公園の駐車場などを観測場所としていますので、2月に大雪が
降ったときは野外に望遠鏡を据えられる場所が無く、長い事欠測を余儀なくされました。
SN2014J 撮影初日(2014年1月25日)海抜870メートルの山の上
2014年2月21日 大雪の山道に、ようやく重機が入って除雪されました。
道のど真ん中以外に機材を据える場所がありません。
寒い季節ゆえの問題もありました。諸般の事情で、現地到着・望遠鏡の組み立て・撮影・撤収までの一連の作業を、
1時間ほどで済まさなければならない事が多く、ε-160の主鏡を初めとして様々な機材が温度に馴化できたかどうか、
大いに不安はあります。現地に着いて真っ先にすることは、鏡筒を外に出してフタをとって、外気温になじませることでしたが、
何せ暖房の効いた車で運んできたシロモノ。内外の気温差は30度くらいは有ったのではないかと思います。鏡筒の中に手を
入れてみると、外気より明らかに暖かいのがよく分かります。
また、時間に余裕があって、観測地でゆっくり作業が出来る時は、今度は機材に霜がついてしまいます。幸い反射式では、
主鏡は筒の一番奥にありますから、ここまでは簡単には霜は付きませんが、ファインダーなどはフタをしないでいると真っ白に
なってしまいます。
撤収した後も大変です。凍った機材をそのまま車に積みますので、夜が明けて気温が上がってくると霜が溶け出して水滴に
なります。雨が上がった後の車のボンネットのようにビショビショです。しかも冬で気温はあまり上がらないので、いつまでも
乾きません。この湿気が機材に良いはずは有りません。
高冷地・厳寒期。機材に真っ白く、霜がつきます。
3月になると、SN2014Jがいつ見えなくなってしまうかと不安になり、月の大きな夜にも撮影を試みるようになりました、今まで、
満月の夜に星雲の写真を撮るなど考えた事もありませんでしたが、やってみるとそれなりには写る事がわかりました。私の住む
所は高冷地のためか、空の透明度はまだ比較的良かったように思います。
4月、空は次第に春の霞みに覆われて、写真のコントラストが大いに悪くなってきました。しかも月の条件の良い時はあまり
晴れず、晴れた時には月が大きくて、そのもとでの撮影となりました。春霞に月の影響が加わると、撮影条件は非常に悪くなります。
4月7日夜明け この前後から、透明度の良かった冬空は、春霞の空に変わって行きました。
5月になるとSN2014Jの光度はかなり落ちてきて、5月後半には1分露光では写らない日も多くなりました。それでも、
1分30秒ほど露光をかけるとその姿を映し出すことが可能でした。
もう、春霞の季節でもないのでしょうが、どうやっても、真冬の空の透明度には遠く及ばず、そのうえ撮影時の高度も
次第に低くなり、その分透明度が悪くなったり、街明かりの影響を受けたりと、撮影条件は悪くなる一方でした。その上、
晴れていてもちょうどM82の辺りだけ雲があるという日も何回もあり、フラストレーションがたまります。
私は望遠鏡や赤道儀を積んだ車で、毎日往復100キロ近くのワインディングロードを通勤しています。機材には大変
悪い環境です。振動でネジが緩みます。ファインダーの方向ネジや、鏡筒バンドのちょうつがいネジなんかは、しょっちゅう
抜け落ちています。アイピースのレンズ部分と筒の部分をつなぐネジが緩んでいる事も頻繁です。ついにある日、ε-160の
主鏡光軸修正ネジが、指でクルクル回せるほどに緩んでいた時はさすがに焦りました。鏡を見ると、主鏡押さえの
ツメ3カ所から、鏡の縁に沿って、少しですが同じ長さのスジが伸びています。もしかしたら、何かの衝撃で、主鏡が
セルの中で少し回転してしまい、傷がついているのではあるまいか!ああ、恐ろしい!
赤道儀への影響も心配です。しかし、晴れたらすぐに撮影にかかれるように、そしていつ晴れるかは分かりませんので、
機材を積みっぱなしのまま数ヶ月を過ごしてしまいました。
5月31日〜6月1日 梅雨入り前、最後に晴れた日の夜明け。
2014年は6月4〜5日ごろに梅雨に入りました。平年より少し早めの入梅でした。星の見える日はほとんどなくなり、6月は
撮影が二日しかできませんでした。その間に2014Jの光度は相当落ちてしまったと思われます。空の条件の悪さと相まって、
今までの1分露光では、カメラのモニターではなかなかその姿は確認出来ません。露光時間を増やすと、SN2014Jのあった
位置に光の点のような物が写りました。これは、2014J なのだろうか?
M82は、スターバースト銀河などとも呼ばれる特異な銀河。活動が活発で、写真でも長めの露光をかけてやると、まるで
燃えさかる炎を写した時のように、明るい中にも一層明るさの強い場所が何カ所も写ります。インターネットなどで過去に
撮られた写真を拝見すると、SN2014Jの位置とちょうど同じあたりに、光の濃くなった部分が見られます。もう2014Jは
見えなくなっているのに、以前からある光の濃くなった部分と勘違いしている可能性も無いとは言えないのですが、5月までの
写真とよくよく比較してみると、写っているのは位置的に見て、どうやらSN2014Jであるようです。
その写真は、光度の測定結果でも、それなりの数値を示しましたが、背景になっているM82星雲の光も相当に拾ってしまっていると
思われます。超新星の明るさが落ちて来ると、写真に写る姿も小さくなります。すると背景に重なっている星雲の明るさが、
光度測定にかなり影響して来ていることでしょう。
松尾芭蕉の『奥の細道』の旅立ちのくだりに、「人々は途中に立ち並びて、後ろ影の見ゆるまではと、見送るなるべし。」という文が
出て参ります。見送りの人々は、みちのくへ旅立って行く芭蕉を、後ろ姿が見えなくなるまで見送ってくれたのでした。
私も「超新星の影の見ゆるまでは」と撮影を続けたいのですが、いつまでその姿をとらえることが出来るでしょうか。
(2014年7月13日)
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